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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十三ノ一、宿屋の娘

第三部 ドロワ・弐

二十三、その白き者

 セルピコは午後の警邏を前に黒騎士団の厩舎に居て、報告を受けていた。

「団長、なにやら今朝からおかしな事件が多いですな」

 傍らの副官が、各隊から上がってる事項を確認しながら言う。

「獣の類かと思われますが、家畜を狙った騒動ばかりで」


 本来の詰め所はドロワ聖殿近くにあるが、今居る厩舎は北側の山際にある。ドロワ城の一角に接し行き来も可能なため、窓から覗けば白い壁が見て取れる。


「……家畜じゃと?」

「えぇ。柵が壊されたり、逃げ出したり……中には死んでいたり」

 竜族が何かと重宝される生活ではあるが、生活の主軸はやはり哺乳動物だ。


 多くは毛か皮、乳を採るためで、食肉用もいる。

 大型の家畜は城外の牧場に置かれ、売買の時だけ城内に連れて入るが、小型または鳥類は多くが城内で飼育されている。

 そういった設備のほとんどは、旧市街にある。


「獣が、柵を壊すのか」

「被害の割に侵入したと思われる獣の目撃が少なく。家畜泥棒かも知れませんが、自警団が対処に当たっています」

「ふむぅ」

 自警団からは、レイムントにより宿屋のレオネ一家の知らせも受けている。

「ならば、少し手を貸してやるかの」

 セルピコは各隊の動きに余裕があるのを見て、そう提案する。

「わかりました。早速そのように」


 副官は、黒騎士団と自警団内の組織表を見比べて懐かしげに言う。

「自警団は団長一人に副団長二人の中隊構成ですか。長年見慣れてきただけに、こちらが黒騎士団かと錯覚しますな」

「そうじゃな」


「しかし、大昔には聖殿騎士団といえば、白騎士団しか無かったのじゃぞ」

「えぇ」

 ドロワ聖殿がまだ十二神殿と呼ばれていた頃。

 ドロワ神殿を守っていた守護者ガーディアンと呼ばれた衛兵たちは、そのままドロワ貴族の祖となり、その貴族の中から聖殿騎士が現れた。


 その後、黒騎士団が創設されたが、当初は神殿の左右を守る隊同士で詰め所も同じ、だから中隊の順も、奇数が白騎士団で後発の偶数が黒騎士団だった。

 古くからの歴史を誇るドロワ市だからこそ残る、神殿期時代の名残りである。


「考えれば今我等が使っている屯所も、元は神殿騎士団のものだったのですから……長い話ですな」

「自警団が今入っとる官舎なんぞは、最近まで廃墟だった元図書館だしの」


 白騎士団が貴族の子息らで構成され、黒騎士団には庶民が多かったから、何かと比べて語られた。

 しかし今は、市民と準市民からなる自警団がある。

「いつの間にか、黒騎士団も腰が高くなっておったのぅ……」

 セルピコがしんみりとした声音で呟く。

 自警団と合同で下町を捜索して周り、セルピコは改めて市民との温度差を感じていた。

(クレア殿が儂らに心許さんのは、ルネーの件ばかりではないのかものぅ)


 ともかくも、黒騎士団からの応援が自警団へと向かうのと入れ違いに、新市街にある白騎士団の屯所にも、レオネ夫婦が到着していた。



 白騎士団の団長ツィーゼル・カミュは、少し遅れて屯所へ戻ってきた。

「おや……あれは?」

 供の騎士に尋ねる。

 視線の先、回廊の隅にこの場にそぐわぬ娘の姿がある。

「あれは先ほど自警団に伴われて来られた、レオネ夫妻の娘だとか」

「あぁ。ということは、ルネー殿の」

 ルネーの孫娘であるディアヌは、いつもの宿屋の仕事着でなく下町の娘らしいすっきりとした衣服に着替えている。


「では、聞き取りは済んだのか?」

「いえ、それが……」

 レオネ夫婦は一先ず白騎士団の屯所にて留め置かれたが、その間にも再度の聴取があり数人の騎士が張り付いていた。


 出迎えに来た騎士に様子を尋ねるも、困り顔で答えるだけだ。

「あまり、口数が多くなく。一番客に接していたと思われる娘は、あの様で」

 レオネ夫婦は緊張した面持ちでほとんど話さず、対して娘は奔放に屯所内をうろつくぱかりだ。


「……気丈だな。ならば、私が少し話をして来よう。お前たちはその間に、一家が休めるよう計らってくれ」

 騎士たちは一礼してこれを受け、カミュは回廊の端にいるディアヌに言葉をかけに行く。


 ディアヌは回廊の先にある巨大なレリーフを前に、退屈そうに踊っていた。

 回廊の窓には半透明のガラスが幾何学模様に嵌め込まれ、昼間の光がそれを通して心地良く差し込む。品の良いソファが窓際に置いてあり、エルシオンに関する絵画がその正面に掛けられている。

 ディアヌにはその光景が、想像しか出来ない城の舞踏場にも見えた。


 回廊の行き止まりの白壁には、真四角の白い石版が浅浮き彫りで施されており、内側には格式ばった文字が刻まれている。

「――それは『はじまりのうた』の正位置翻訳を掘り込んだ物。……神学校でも習っただろう?」


 回廊に柔かい声が響き、ディアヌも振り返った。

 少し離れた位置にカミュが居て、さもレディに対するかのような礼を取った。

(カ……カミュ団長……!)

 ディアヌは、母クレアに貴族風の踊りやお辞儀を習ってはいたが、それを誰かに披露したことなどない。ぎこちなくも精一杯に体を折る姿に、カミュは微笑む。


「もう聞き取りは終わった頃かと来てみたが……なかなかに手強いそうだね」

「だって――」

 ディアヌはいつもの調子で答えそうになり、両手で口元を隠す。

「だって……ヘイスティング様と同じことばかり訊くのですもの。もう話したわ」

 カルードのことを名で呼ぶ様子に、カミュは何事か気付く。


「そのヘイスティングは今どこに?」

「とっくに、自警団の方たちとどこかに行かれたわ」

 口元は両手で隠しているが、声音は拗ねている。

(なるほど、な……)

 カミュは苦笑を隠して、穏やかな作り笑いを浮かべている。

 何故かヘイスティングの周りにはこの手合いの娘が多い。


「……君は剣士ルネーの孫として、多くの剣士を見てきたのだろう?」

 祖父の名を聞き、ディアヌは驚いたように表情を変える。

「どうだね。我が白騎士団に、君の御眼鏡に適う剣士はいそうかね?」

「……」

 ディアヌは返事の代わりに、また口元を隠した。

「では自警団は? 魔物ハンター達ならばどうだろう」

 ディアヌはまたも答えず、首を横に振る。

「そうか」


 ディアヌにとって祖父ルネーは遠い存在であり、憧れでもある。

 大人しく地味な両親への反発もあって、剣士のイメージはディアヌの中で理想的に美化されていて、好ましいと感じる男性像とも重なっていた。

 その基準で行くならば白騎士団は物足りず、長柄を抱えた自警団や何かと荒っぽい魔物ハンターは剣士の範疇にはない。


(でも。カミュ団長なら、少しは……)

 年頃の娘らしく今の状況に浮き立つが、口には出さない。


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