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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十二ノ十、剣士の娘

「今のうちに、外に出られる用意をお願いできますか」

 レイムントを階下まで見送り、カルードは酒場の椅子に腰を下ろした。

 木の扉を前に、酒場の隅でしばしの時間待つ。


「あの……行き先は」

 クレアはおよその見当はついてはいるが、尋ねる。

「……自警団、もしくは聖殿騎士団。またはドロワ城内といったところでしょうか」

 カルードは、相手に選ばせる口調で候補を連ねる。

「彼らが戻ってくると?」

 ロランの問いにも、カルードはいつになく気を遣った。

「その可能性は薄いとは思いますが……それよりも貴方がたはあの者たちの顔を見ている。安全のためと詳細をお訊きするためです。ご協力を」

「……」

 

 クレアとディアヌは支度のために部屋へと下がった。

 宿の亭主ロランはカルードに向かい合うように座り、宿帳に残る名を確認している。ロランは訊ねられた事には答えるが、それ以外は無口である。


 カルードは、居心地の悪さを感じながらも平静を装っていた。

(この親子は……師匠との間に確執があるか……)


 理由は考えるまでもない。

 ピオニーズ・ルネーが聖殿騎士の名を捨て剣の道に走った時、その家族をも置き去ったことを、カルードは知っている。


 聖殿騎士が退団する場合、その家族や親族には聖殿や街からある程度の保護や援助がある。

 クレアもそれを受けていた時期があり、その時の後見となっていたのがガレアン卿――カルードの父である。


 カルードが物心ついた時には、クレアという娘がたびたび屋敷に来ていた。

 遠い記憶ではあるが、ガレアン卿はクレアに生活のための金子や品物を与え、時に行儀見習や教育を受けさせてもいた。

 父ガレアンは、とにかくピオニーズ・ルネーという男とドロワの繋がりを保とうとし、修行の旅を繰り返すルネーを、カルードの剣術指南を理由に何度も呼び戻した。


 そのつど家族と引き合わせて和解に至ったと聞いているが、そうかと思うとルネーが剣術を極めることにも援助を惜しまなかった。


 今でもガレアン家とルネーには繋がりはあるのだろう。

(……父が求めたのは慈しみや美談ではない。ルネー師匠を窺見うかみとして使い、その高名を吹いただけだ)


 修行の旅を重ねるルネーは、必ずガレアン家に戻ってくる。

 ドロワ市にいる間はカルードの剣の師であったが、その情報通、顔の広さの理由に気付いたのは、少し経ってからだった。

 やがてルネーが剣士として名を挙げるようになると、ガレアン卿はルネーを屋敷に滞在させ、宴などがあれば何かと人に会わせていた。


 クレアはガレアン家には関わりがあったが、屋敷に居つくことはなかった。

 母と共に親族のいる下町で暮らし、成人後は下町の男ロランと結婚して今に至るが――。

(今でも家族の傷が癒されたわけではない……か)


 セルピコが、聖殿騎士や自警団員を行かせるなと伝えたのは、その心情を考慮したからかも知れない。

 クレアは、父に縁のありそうな聖殿騎士も、剣士も好まない。

 セルピコがカルードを特に指名したのは、ひとえにガレアン家の息子で面識があったからだ。


(しかし、それならば――)

 カルードは、心中でセルピコに少しの恨み言を言う。

(行き先はシャムロック亭であると、先にそう言ってくれれば良いものを……)


 セルピコらしからぬ気の遣い過ぎが生んだ空回りなのだろう。セルピコにとってもクレアというのは、繊細に扱うべき相手だったからだ。



 旧市街にある自警団の詰め所で、フェルディナントはレイムントの報告を受ける。

 そして、呆れた。

「レイムント! なぜ団長カルードを置いてきてお前が戻るんだ、逆だろう!」

「はあ、まぁ……」

 レイムントはいつものゆったりした口調で聞き流す。

「私の腕では、宿で何かあった時に守りきれないでしょ。カルードなら安心です」

「そういう問題か!」

 フェルディナントでなくとも怒る場面ではある。


「まぁいい……。一先ず宿には迎えの隊を送るが、西側の区画にも人数をやらねばならん。お前の竜騎兵の隊も準備に入ってるぞ」

「西、ですか。何かありましたか」

 フェルディナントから指揮権を返され、レイムントも騎乗帽を手にする。

「またいつもの、獣だ。いくら城壁を塞いでもどこからか入ってくるな」


 ドロワ市の西側から南にかけては、旧市街側の城壁になる。

 老朽化して放置されている上に、外門を通りたくない不法滞在者や密売目的の侵入者やらが壊して周り、いくら塞いでもきりが無い。

 そんな大小の穴から、外の獣は容易く入り込んでくる。


「周囲の森を、もう少し探索した方がいいですかねぇ」

 城外の警邏は、竜騎兵隊を掌握するレイムント向きの仕事ではある。

「あぁ。だが黒騎士団との合同の捜索が終わってからだ。その時には、団の構成を再考するようカルードに言わないとな」

「……」

 レイムントは何も言わず、ただ笑っている。

 つい先ほど、宿に向かう道すがらカルードからも同じ言葉を聞いた。レイムントの役目は、それを各隊長らに伝えて滞りなく集めることで、実際に構想するのはフェルディナントだ。


(まだまだ、円滑にはいきませんねぇ……)

 レイムントは自警団の詰め所をあとにする。

 自分の役目は若い団員たちの中にあって、少しでも底上げに貢献することだと自負しているが、中々に上手くはいかない。


 宿屋のレオネ家族も色々とあるが、自分たちも似たようなものだ。


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