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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十二ノ八、緑の三葉亭

 カルードとレイムントは『緑の三葉亭』と呼ばれる宿の前にいる。

 月魔騒動の折にその名の出た六人のファーナム騎士、その滞在地が判明したと知らせがあったのは、まさに今朝だ。


 カルードはセルピコに指定されるまま此処を訪ね、扉の前まで来てもまだ信じがたいと看板を確かめるように見上げた。

 看板には三枚の葉から成る意匠が描かれている。


 『シャムロック』と呼ばれるマークであり宿の名前にもなっているが、大陸に存在する草花の名ではない。

 三世界の繁栄や恩寵を表すとされる神話上の植物だ。


「本当に……ここなのか」

「セルピコ殿の言を信じるならば」

「……」

 カルードは意を決して、扉のノックハンドルを打つ。


 微かな足音のあと、若い娘の声で返事が返ってきた。

「今日は閉めてるよ。他所を当たっておくれよ」

 宿は、拝殿騎士団に通報したあと店を閉めて、カルードたちが来るのを待っていた。


 カルードは聞き覚えの無い声に迷ったが、もう一度声をかける。

「ならば亭主をここに。ヘイスティング・ガレアンの名を伝えてくれ」


 鍵を開ける音が聞こえ、そっと扉が開いた。

 中から、宿の手伝いの衣服を来た若い娘が外を窺う。

「……っ」

 しかしカルードの顔を見、その傷に驚いたのか扉を閉めてしまった。

「おやおや……」

 遠ざかる足音を聞き、レイムントも肩を竦める。

「驚かすほど酷い面相ではないつもりだったが」

 カルードも珍しく軽口を言う。


 暫くして、今度は大人の男らしき足音が聞こえ、乱暴に扉が開かれた。

「入ってくれ」

 扉の影から、宿の亭主らしき声が短く聞こえ、カルードとレイムントは顔を見合わせる。

 ともかくも二人は大人しく従う。カルード、そしてレイムントが中にを入ると、亭主は扉の影からまた扉を閉めてしまった。


 室内は暗い。

 明るい外から来たのもあって、客の居ない宿の中は広く、薄暗い。

 カルードは、扉の前にいる人物に振り返った。

 カルードは宿の亭主の顔を見、亭主もカルードの顔を確かめる。

「お初にお目にかかる」

「……あぁ」

 客商売にしては無愛想な男だ。


 宿のホールにはもう一人、女性がいた。

 ホールの中は酒場も兼ねており、カウンターの裏には酒瓶が並ぶ。

 宿の女将と思しき女性は、カウンターの前に立っている。


 カルードと目が合うと、女性は意外にも貴族風の礼を取った。

「お懐かしゅうございます、ヘイスティング様……」

 カルードも貴族としての礼を返した。

 貴族と庶民では同じドロワ市民でも若干の言葉の違いがある。

 カルードは型通りの挨拶を済ませると口調はそのままに、発音だけを戻した。


「クレア殿、そしてロラン殿。私は今日、自警団のカルードとしての役目で来ました。どうかそのように」

 カルードは傍らの副団長を紹介する。

「こちらは同じく自警団のレイムント・ホープ。早速ですが、詳しい話を聞かせていただけませんか」

 いつになく丁寧な口調のカルードを横に、レイムントも無言のままに会釈する。

(なるほど……)

 セルピコの奇妙な言い回しの理由を察した。


 自警団の客員で剣士であるピオニーズ・ルネー。

 彼には娘がおり、ドロワの旧市街で宿屋を営んでいる。

 それがこのレオネ夫婦であり、黒騎士団も宿という宿を捜索しながら、まさかの見落としをしていた。


 娘クレアも父の立場への気遣いもあって、黒騎士団や自警団員の来訪を望まなかったから、やや聞き取りが甘かったことは否めない。

 まして夫であるロラン・レオネは義父とは疎遠であった。


「しかし、なぜ最初の調べの時にわからなかったのです?」

「えぇ……」

 四人は、宿屋のホールでそのまま話を始めた。

 もてなそうとするクレアをカルードが遮り、立ったまま話している。


 クレアも少し話しにくそうにしている。

「はじめは……複数の剣士としか聞いていなくて。うちには、父のこともあって剣士の方はよく滞在しますから……」

 黒騎士団の方も、剣士の多く集うこの宿を早々に調べてはいた。


 剣士と一口に言っても幾つかあるが、武技を修め武器を携帯している以上、滞在地を移る場合などには厳しい監視の目がある。

 ピオニーズ・ルネーのように師範格にある者は街からの公認か、貴族などの後援者の証を持つ。

 魔物ハンターであるならハンターズギルドへの登録が必須で、護衛ならば雇い主、鍛冶屋との契約者などはその証という具合に、常に身分を示すものが必要となる。


 黒騎士団が身元を確認した剣士の中からは、月魔事件で死亡した者らはおらず、この宿にいた剣士たちからも怪しい者は見つからなかった。

 ファーナムの関係者、という先入観もあったろう。


「――でもまさか、巡礼者に化けて紛れていたとは。それも聖レミオールの巡礼札を持っていたのです」

 巡礼者に扮し、当然ながら分散して部屋を取っていた。

 ライオネルによって人々が解放される以前からドロワに滞在しており、封鎖された街道で足止めになっていた他の巡礼者に溶け込んでいた。


 巡礼札は、各地の聖殿か発行して身分と通行許可を証明するものだが、聖レミオール市国のものが最も格が高い。レミオールへの入国を許可するだけでなく、他地域の国境越えが許可されることもある。

 つまりはそれだけ、その一枚を見せれば容易く信用を得られる代物だ。


 レイムントは言葉少なに推察する。

「第四騎士団は聖殿直属だとか。巡礼札を入手出来たのも、そのツテでしょうな」

「おそらくな」

 そんなものを六人分も用意してしまえるファーナムとは、第四騎士団とは……。考えるだに嫌な気分になる。

 しかしまだわからないこともある。


「クレア殿、今になってその六人だと気付いた理由は?」

「一目見ればわかる。こっちだ」

 夫ロランが代わって答え、上を指差す。


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