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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十二ノ六、フェルディナント

 ファーナム第三騎士団がドロワ市に駐留していた頃。

 ジグラッド団長の命で、旧市街で放棄されていた廃館や宿舎跡などを修繕して騎士団の仮宿舎とし、避難民などの滞在地としても居れていた。


 今はそのどちらも退去して、その後は城主セリオの名の下に、ドロワ市市警団が借り受けて拠点となっていた。

 正規団員のほか、補助の有志市民も殆どが旧市街で活動しており、また市外から参加した団員らは準市民としてそこに居住もしている。


 フェルディナント・サリューは副団長としての役目の他、これらの管理も担当している。自警団はその役割ごとに幾つかの場所に点在して活動していた。


「ジエルト! 団長カルードはまだ戻らんのか?」

 フェルディナントは、一人で戻ってきたジエルト・ヒューを捉まえて詰問した。


 先ほどの団長三人の会合については、団員らには知らされていない。

 ドロワ城での調整とだけ報告されていたが、中隊長格のジエルトだけが伴われたことになっている。

「……騒ぐなよ。じきに、あんたには説明があるだろうからさ」

 ジエルトは語らない代わりに、いつもの口調でフェルディナントを煽る。

「ふん」

 フェルディナントは気に入らないながらも、報告としては了解する。


 もともと熱情だけで寄せ集められた自警団である。なかなか相互理解に及ばない相手、馴染めない格差などは多数存在していた。

 ドロワ市民と魔物ハンターなどはその典型であり、元貴族の聖殿騎士などは特に浮いた存在だった。


「魔物ハンターってのは」

 フェルディナントも例にもれず、ジエルトとは相性が良くない。

「相変わらず先んじて利を得る、か?」

「……いかんか?」

「誰に擦り寄るべきか、頭でわかっていても実際にやる奴はそうは居ない。……もう少しプライドのある連中かと思っていたが」

 詰られたジエルトは癖なのかまた鼻で笑う。


 フェルディナントは、ジエルトよりも上背があり筋骨の隆々とした若者だった。

 豪胆にして勇烈でもあり屈強そうな印象なのだが、武器の扱いはまだ素人同然で、その点で魔物ハンターからは軽く扱われていた。

「そういえば、あんたは見てないんだったな。副団長さんよ」

「何をだ」

「例の、地竜に挑んだ時の団長カルードを」

「……」

「あんたはさっさと振り落されて失格したんだっけな」

「それはジエルト、お前もだろうが」


 先日の自警団の適正試験の折、団長を決める為の試練として地竜に挑むという難関があった。

「最低でも三人が成功しなければならなかった場面で、乗りこなしたのは二人……。あとは全員、脱落よ」

 ジエルトやフェルディナントも含めて。

 あの場に居た者には皆、少ながらす地竜への恐怖感があった。


 実のところ、カルードも一度は失敗した。土竜の扱いに慣れていたとは言え、片腕を負傷しており他より不利でもあった。

 けれど二度、三度と諦めずに飛び乗り、地竜が根負けして大人しくなるまで挑戦し続けた。その様子には見ていた者も、審査していた者も驚嘆した。


「てめぇが団長になりたいだけなら、最初っから地竜なんぞ出してこずともそう言えば良かったんだ。誰も文句は言わなかったろうさ」

 ジエルトはその時のことをそう回想する。


 何度目かでようやっと成功し合格とされたのも、怪我を考慮したお情けである。

 格好の良いものではなかった。

「けど……あん時のあれを見た奴なら団長に相応しいのは誰か、納得するさ。少なくとも今のあんたみたいな口は、きかねぇな」

「……」

 フェルディナントは憮然としながらも、それ以上絡むのはやめた。


 地竜の試練の時、今一人の合格者がいた。

 唯一、そして容易く地竜を制したのは、レイムント・ホープという年配の男で訓練士――竜馬の調教を本業としていた。自警団に参加したのも、その技能を伸ばそうと思ってのことだ。

 レイムントは、団長への就任を辞退した。


 後日ふたたび地竜に挑む機会が設けられ、六人が達成する。

 ジエルトもフェルディナントも、その時の再戦で合格した。

 前回と違って成功者の人数が増えた理由の一つには、カルードの見せた粘りに触発されたこともある。


「俺たちがなんで自警団に参加しようとし、なんで地竜なんてぇ化け物に挑もうと思ったのか――あの姿を見りゃあ誰だって思い出す」

 結果、カルードが初代団長となり、レイムントとフェルディナントが副団長に決まる。ジエルトら他の合格者は中隊長となった。


「フェルディナント、あんたはどうやら貴族嫌いのようだがな」

 ジエルトが見透かすように言う。

「素直になっといた方がいいぜ? 団長と副団長に溝があるようじゃ、この先知れたもんだろう」

 フェルディナントも、頭ではそれはわかってる。


「もっとも……その程度の剣の腕じゃあ、剣士ピオニーズ・ルネーの手解きを受けたとは、とても名乗れねぇな。楯突いたところでカルードとの差は埋まらんよ」

 ジエルトは、溝を埋めるどころか悪化させかねない悪態をつく。

「――はッ! 威を借りたつもりか。お前こそカルードに追いついてから物を言え。魔物ハンターが自警団なんぞに入った理由は、ルネーの剣術か?」

「まぁな。そう吹いた方が少しは格好がつくだろう」


 かつて黒騎士団の聖殿騎士であり、剣士として名高いピオニーズ・ルネーは自警団に合流していた。黒騎士団団長のセルピコとも旧知である。

 ヘイスティング――カルードと共に市警団の剣術の指南も担当したため、市警団はこのドロワの古典的な剣術を習得していくことになる。


 団員の多くが市民か魔物ハンター。全員が正統派の剣を修めることが出来たわけではないが、後継者不足で絶える寸前だったドロワのこの剣術一派は、はからずもこうして継承されていくことになる。


 フェルディナンドも、生来の恵まれた体躯もあってこの後急速に腕を上げていき、さらには派の一人として名を連ねる事となるのだが、それはずっと先の話である――。


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