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アモルファス  作者: 霧音
第三部 ドロワ・弐
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二十二ノ五、相談役

「ファーナムに関して、今打てる手といえば……」

「やはり、頼りの綱がジグラッド・コルネス殿一本というのが辛いですね」

 セルピコとカミュは、まだファーナムの一件について話している。

「国境を守る建前の儂らが、国境を越えて繋ぎを取る算段をしてるのじゃから、妙なものじゃの」

 今のドロワは完全に隔離され、情報の孤島となっていた。


「残るはスドウにおられるシオン殿、そしてアリステラですが……こちらも特には」

「やはりかなめはファーナムか……」

「クライサー・オイゲン筋の話からはファーナム議会の動向等は得られませんでしたが、あの龍人族が手に入らなかった以上は次の手待ち……でしょうか?」

「うむ。取って返してのドロワ攻めは無かったが、これで時間が得られれば良いのだがのぅ」


 カルードは二人の会話には混ざらず、何事が考えている。

 何を思っているのかは伺うまでもないが、堂々巡りに陥っているだろうことも予想がつく。


 それまで無言で壁際に控えていたツグルス・ネヒストが、静かにカルードの傍らに立つ。相談役としてのいつもの距離だった。

「……聞いたぞ、階級飛び越していきなり中隊長だそうだな」

 カルードはそのままの姿勢で声を掛けた。


「はい、白騎士団内でも大規模な編成変更がありまして……今は第二大隊の左中隊を任されております」

「……卿の力量なら、大隊長もすぐだろうな。もともとそれだけの器量があったのだ。カミュ団長ならずとも、そうするだろう」

「そのような」


 あくまで口調を変えないネヒストに、カルードは懐かしそうに視線をやる。

「いや、俺の下に居たことで、要らぬ厄介まで引き受けてしまっていたのだ……。外から見ると、よくわかる」

「中――いえ、ルネー殿。厄介などと何故にそのようなをことを仰られる」

「その口調もよしてくれ。もう卿の上官じゃない。俺のほうが年下なのだから」

「しかし……」

 覇気がないわけではないが、まるで様子の違うカルードにネヒストは彼らしくなく困惑した。


「その、ルトワ遊撃隊長とはご友人ではなかったのですか?」

「何が友人だ」

 あからさまに不快感を示して否定するが、その顔は以前のヘイスティングだ。

「奴とは聖殿騎士だったという以外に接点はない。何もかも違いすぎて張り合う気にもならん」

「……もっと、お怒りになるかと思いました」

「怒る? 俺がか?」

「えぇ。ファーナム第四騎士団に対しても、ルトワ殿に対しても」

「……」

 ネヒストの言うことは間違っていない。実際に腹は立てている。


「何を怒るというのだ。第四騎士団のことは、今の俺には手に余る。悔しいがこれは事実だ。あの場にいた皆が同じように歯噛みしている」

「えぇ」

「アーカンス・ルトワの件にしても……。怒りをぶつけるのは仔細がわかってからでも遅くはない。目の前に居ない者相手に怒っても仕方がないだろう」


「第一、奴は語るばかりでまだ何も成していない……」

「行動を起こすのを見て、判断なさいますか」

「さぁな……。奴の場合、目的と手段が一致しないかもしれんな」

「はぁ」

 ネヒストらしからぬ間の抜けた相槌である。


「あいつは合理的に物を考える夢想家だ。状況が少々変わったところで志を変えたりはしない、そう俺は見た」

こころざし?」

「……奴が言うに、本当の目的は聖殿騎士の立場を飛び越えたところにあるらしい。だとしたら、奴が何か仕出かしたとしても驚くには値しない。目的がそこに無いかも知れないからだ」

「……理解しかねます」

「実は、俺にもよくわからない」


「俺が見知っている奴とは、綺麗な理想と口先に釣り合わない脆弱な実力の持ち主だった。そしてそれを自覚していることも」

 カルードは容赦ない表現でアーカンスをそう評価した。

「そんな奴があの騒ぎの中、あれほどのことをして素知らぬ顔で居られたとは思えない……。他の遊撃隊員もだ」

「えぇ……」

「にも関わらず、疑惑のある第四騎士団に転属? どう考えても解せん」


「以前の俺なら即座に疑ったろうが、古巣を捨てたという点では奴と俺の状況は同じ……だから尚更、理由も目的も読めんのだ」

 そう話すカルードの目は、いつかアーカンスと話した小屋で見せたのと同じ、迷いの色だ。ただあの時と違うのは、どこか客観的な自分の存在――。


「よくわからないから……怒る気にもならん。奴の言葉を思い出すと、怒るより先に考え込んでしまうのだ」

「奴の言葉、ですか」

「あぁ。自警団の育成に迷って煮詰まった時、焦燥に駆られた時。不思議とファーナムの連中がいた頃を思い出す。奴らの行動や、言葉もな……」


 変わられたな、とネヒストは感じた。

「ともあれ、良いご友人を得られたものですな」

 我知らず、そんな言葉が口から出てきた。

「よしてくれ、ファーナム騎士と馴れ合う趣味はない」

 カルードは何度目かの同じ言葉を繰り返したが、その口調は以前のへイスティング・ガレアンそのもので、ネヒストは微笑を浮かべた。


「なんだ?」

「いいえ……」

 ネヒストは余計なことは言わない男である。

 しかし今日はもう少し続けた。

「趣味はない、と仰るが……今はそれで済む状況でもないでしょう」

「……あぁ」


「現状の監視下で、ファーナムと繋ぎを取る方法に窮している事実。可能性のあるつては使うべきでしょうな」

「それは、ルトワ殿のことか?」

「……」

 ネヒストは、いつになく思い出す口調で言う。

「今の状況、私はあの時のルトワ殿を思い出します」


「供も連れず武器も持たず、単身で我らの前に立ったあの姿を」

 レニと戦ったあの日。

 アーカンスが一人、和解のためにヘイスティングを訪ねて小屋に来た時の話だ。

「彼が、貴方の仰るような人物ならば……あんな無謀が出来たでしょうか、ね」

「それを綺麗な理想というのだ」

「貴方はそれに応えましたが」

「……」

 カルードはまた答えの出ない思考に陥りそうになる。


「俺に……同じことをしろと?」

「まさか」

 ネヒストは即座に否定する。

「今の貴方は軍団の長。同じ無謀でもやり方を変えねば……」

「例えば、クロオーのような男を使うとか?」

「それも手ではありましょうな」

「……むざむざ団員を危険に晒す、か……」


 カルードには踏ん切りはつかない。

 今の自警団はまだ、団員も団長も未熟なままだ。


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