二十二ノ三、スカーフェイス
クロオーを見送ったジエルトが、振り返って言う。
「で……だ。俺の方はどうやら用無しらしいが、まだ何かあるか? 無いなら俺も帰るが」
カルードはセルピコを見、セルピコはカミュを見た。
「私からはない」
カミュは短く答える。
「了ー解。クズクズしてっとあいつら暇に任せて何すっかわかんねぇからな」
ジエルトは裏の拳でカルードの肩を叩いて何事か伺った。
カミュはその様子を不思議そうに見ている。
先ほどの手振りの合図といい、聖殿騎士の作法から見れば何かと無礼に見える。
「やっぱここは俺なんぞよりレイムント達を連れて来るべきだったな、カルード」
ジエルトは踵を返し、セルピコとカミュに向かって言う。
「次からは、罪人と俺たちハンターを同列に扱わんでくれよ」
「……」
「ま、今日聞いた内容については、余計なことは言わねぇから安心してくれや」
そしてクロオーとは違い、回廊をゆったりと歩いて去っていった。
カルードとセルピコは、しばしその背を見ている。
「それにしても……」
カミュが口を開く。
「よもやあのジエルト・ヒューが、他人の命令を聞くようになるとは」
「まったくよの」
セルピコが同意する。
「クロオーといい、曲者揃いとはこのことじゃな」
「どういう経緯で手懐けたんじゃ?」
「……さぁ?」
カルードにも覚えが無い。
正直なところ、カルードはまだ団員の心を掴みきってはいなかった。
特に経験と実力に自信のある魔物ハンター達は、聖殿騎士出身の貴族の息子なぞに早々心を開かない。
その中にあってジエルト・ヒューは存外素直に指示に従った。
そればかりか魔物ハンターの何たるかなど暇さえあればカルードに教え込んだ。
セルピコ達からすればジエルトにそのような世話焼きな一面があるなど知りようもないが、カルードにとっては有り難いものだ。
「さっきの……あれは何だ?」
カミュは気になっていた手振りのことを尋ねる。
「あぁ、あれはハンターたちの会話法みたいなもんです。結構便利なもので団の中でも使われてるんですよ」
これも教えたのはジエルトである。
元々は街中で魔物ハンター同士がすれ違った時などに使う合図だった。
ハンターが群れるのを禁止している街もある。
同じハンターズ・ギルドに属しているとは言え、幾つもの派閥があり縄張りの小競り合いなどあって、ハンターたちは互いに距離を置くのが流儀だった。
いつしか野外や戦闘中でのハンドサインとなってハンターの世界で浸透していった。
「……あれを満足に使えないと、魔物ハンターには舐められますので」
カルードは卑屈な言い回しで答える。
聖殿騎士には聖殿騎士の作法があるように、ハンターにもお約束がある。それを守れない者は仲間として認められない、これはどの世界にもある決まりごと――マナーである。
マナーしかり、服装しかり、揃いの装備も同じ。
悪く言えば、相手が自分と同じテリトリーに居る者かどうかを視認する為の装置である。
「その顔の傷も、髪もそのためか」
セルピコは見透かすように言う。
大抵のハンターは無頼を気取って髪を伸ばしている。
カルードも、以前のきっちりした短髪に比べると、髪を無造作にしていた。
「えぇ、まぁ……。思ったより肩の傷に時間がかかったので、こっちは後回しにしたのですが、ね」
レニに付けられた顔の傷は、結局そのまま残している。
傷を見るたびに青い自分を思い出す。戒めであると同時に初心でもある。けれど、表向きの理由としては箔付けだとも思う。
顔の左半分に大きく残る傷、それだけでも見る者に強い印象を与えるが、それが空飛ぶ竜の鉤爪で付けられたものだとする謂われは、荒くれ者の中にあって牽引力を示すのにも一役買った。
「それで……残りの二つの話がまだですが」
「あぁ、そうだった」
カミュは我に返り、しかし言い濁してか言葉を選んだ。
「まずは、月魔の剣についてだ」
その一言で、また皆の表情が引き締まる。
「――あの時、ノア族の少年の話から六人分の剣を想定し、見つかったのは四振りだった。しかし、もう一振りが見つかった」
カルードにとっては初耳である。
「まさか……いつ? どこでっ?」
「今朝、ドロワ聖殿の正面玄関だ。……ご丁寧に目立つよう突き立てられていた。警邏中だった白騎士団が早々に回収したから、君たちにはまだ知らせていなかったが」
「……突き立てられて……?」
「何者かの、故意じゃな」
セルピコもその現場は見ていないが、悪意は感じ取っていた。
「なぜ……今頃になって」
カルードは呟くが、その疑問は皆も思う所だ。
「出来心の悪戯という線も無くはないが、物が物だけに警告の類かも知れん」
セルピコは最悪のシナリオを想定している。
「そうなるとやはりもう一振りの存在、その可能性も気になりおる」
セルピコはカルードに言う。
「儂はこの件、徹底的に調べようと思ってな。宿屋、宿舎、施療院、全てじゃ」
「セルピコ殿、それは――」
「探すのは件の六人組とやらが潜伏していた場所。もしくは剣士らしき者が滞在した場所じゃ。これまでも黒騎士団はそれを追っていたが、もっと徹底したい」
「では……自警団も」
「頼まれてくれんか。聖殿騎士相手では話せぬことも、同じ市民相手ならば出てくるやも知れん」
カルードは暫し考え、承諾した。
「わかりました。現状の自警団にそのような捜索は荷が重いのですが……なんとか当たってみましょう」
自警組織として心構えの未熟な自警団には、市民を威圧しかねない尋問などは難しいと思われた。が、そこは人選で回避するしかない、そう判断した。
「何なら黒騎士団と合同でも良い。その方が育成の手助けにもやるやも知れんしな」
「それならば、有り難くお受けしたいところです」
セルピコとカルードが話し合う様を、カミュは少しの感心をもって見ている。
カルード――ヘイスティングが聖殿騎士だった頃は、その組織は完成されていて人員も訓練された者ばかりだったから、何も言わなくとも部下は付いてきて一定の成果を上げてくれた。
しかし今の自警団はまったくのゼロ、それ以下からの出発だったろう。
カミュは自分の部下だった頃のヘイスティングには見られなかった粘り強さを、今のカルードから感じていた。