二十二ノ一、魔を狩る者たち
第三部 ドロワ・弐
二十二、魔を狩る者たち
魔物ハンターと呼ばれる特殊な戦士たちがいる。
ハンターではあるが食料となる鳥獣を獲る方ではなく、害獣魔物の類を駆除する者たちだ。
大陸の殆どが封建的な体制の中にあって、働くべき生国の土から離れ、租税等の義務を免れて自由に各地を行き来ことが出来る彼らは、基本的には遊民の扱いである。
彼らの活動を支えるのはギルドと呼ばれる講――互助組織、そして市井の人々の生活そのものだ。市場にしろ鍛冶屋にしろ、宿屋一つとっても街が健全に回っていなければ、ハンターたちは冒険も立ち行かない。
ドロワ市に自警団が出来た時、彼らハンターも多くこれに参加した。
それまでの危険で自由な生活を捨て、ドロワを拠点として準市民となる生き方にすぐに馴染めたわけでもない。
まして創設されたばかりの自警団は未熟そのものだった。
ジエルト・ヒューという元魔物ハンターの男がいた。
自警団の最初の殉職者になったその名を、自警団の面子も、市民も強く記憶に残している――。
それは先の六体の月魔の事件、あの悪夢がまだ終わっていなかったことをドロワ市民に痛感させた。
ドロワ市の政庁その施設は、ドロワ城の中にある。
評議会の議場があり事務方の執務室があり、関連する施設も凝縮されていて、街中の喧騒とはまた違った密度がこの一画はある。
白騎士団の団長ツィーゼル・カミュは、大回廊の角にある談話スペースにいる。
傍らに控えるのは中隊長となったツグルス・ネヒストである。ネヒストは相変わらず寡黙な男で、二人は特に話すでもなく回廊は静かだ。
白い城を抜ける山風の音と時折さえずる鳥の声などを暫し聞いていたが、遠くに聞き慣れた足音が聞こえて向き直る。
黒騎士団団長のアストール・セルピコが供の騎士を連れ立って、いつもの早足で現れた。
「ずいぶんと早いのぅ。これでも急ぎで戻ったんじゃがの」
「いいえ。今日は私もこちらに出ていましたから」
セルピコ率いる黒騎士団は、サドル・ムレス側の国境警備にあたっている。もっとも近い連合の町はスドウだ。
一方のカミュたち白騎士団は、ドロワ市内の警邏のほか聖レミオール市国との往来を担当している。
以前と違い頻繁に顔を突き合わせて調整の話し合いをしている二人だが、今日はここに三人目の騎兵団団長がくる。
「して、あやつは?」
「少し遅れるようで……。今日は市内の警邏だとかで市民の目もありますし、きっちりこなしてから来るんでしょう」
「……あやつが上官を待たせて遅参か。変わるもんじゃの」
その元上官カミュを肴に、セルピコは笑っている。
「噂だけは色々耳に入りますがね。変わったといえば、我々も変わりました。予想していたより大変ですよ」
カミュはセルピコを前に珍しく弱音を吐く。
以前のドロワ騎士団は中隊を基本に、奇数偶数で騎士団が分かれていた。一、三、五、七の中隊が白騎士団、残りは黒騎士団という具合に、中隊が増えるごとにどちらかに振り分けられてきた。
今は違う。
二つの大隊としてきっちり分かれており、命令系統もトップ二人に絞られている。
ファーナムやアリステラと同じ大隊構成に替わっており、カミュはこの方式に中々慣れずにいた。
「儂らのやることは同じであろうに。相変わらず瞬発力のない奴じゃの」
セルピコは憎まれ口は叩きながらも、その経験からくるアドバイスは怠らない。
談話スペースは部屋ではないが、中庭に面して休息用の椅子と卓、背面には広い窓が設えられており、そこからドロワの街を遠くに眺めることも出来る。
白亜の城砦と街並みを遠くに、白い柱に凭れているカミュはその白基調の制服と相まって回廊の景色に溶け込んでいる。対するセルピコ達は黒一色であり、白い空間の影のように強い存在感を放っている。
聖殿騎士らの姿は、静謐な美意識で保った情景でもある。
そこに、全く洗練されていない賑やかしい色彩の一団が訪れた。
新設の騎兵団――自警団の面々である。
「ほほう、これはこれは」
セルピコは物珍しいものを見てか楽しげな声を上げる。
初代団長に収まったヘイスティングが、荒くれを二人伴って歩いてくる。
ヘイスティングは遠くから手振りで何か示したが、セルピコはじめ聖殿騎士らには伝わらなかった。貴族としては礼を欠いたしぐさでもある。
「お久しぶりです。セルピコ団長、カミュ団長、それにご一同……警邏の直後ですのでこのままで失礼」
僅かに足を止め、略式の敬礼だけを寄越してきた。
「おう、知った顔がおるのぅ」
セルピコはヘイスティングの無礼は流し、その後ろにいる横柄そうな男に目を付けた。
「おぬし、魔物ハンターのジエルト・ヒューじゃの。自警団とはまたしおらしい」
ジエルト・ヒューはドロワ近郊で活動していた魔物ハンターである。
ハンターの中でも素行は悪い方で、街中での乱闘などで何度か捕まったことがあり、騎士団長二人もこの男を覚えていた。
ジエルトはセルピコには言葉は返さず、ニヤリと笑ってみせただけだ。
ヘイスティングの背後にはもう一人の自警団員が居たが、明らかに犯罪者上がりと思われる暗い目をしており、最初からそっぽを向いている。
「成るほど、確かに儂の注文通りの人選のようじゃが」
セルピコは、ヘイスティングに呆れた視線を向ける。
「やれやれ……おぬし、こやつらを飼い慣らしたのか?」
「まさか」
ヘイスティングは肩を竦めて笑って答えた。
その様はヘイスティングらしくなく砕けた態度で、白騎士団にいた頃とはすっかり様子が変わっていた。他の市警団員に合わせているのか、随分と身軽で実用的な服を身につけている。
セルピコが特に注目したのは、腰に帯びている剣だった。
以前のようなドロワ伝統の長剣ではなく、市街地用のごく短い物を二振り、それも片方は鉈の類の無骨なもので剣帯にはナイフ、と随分と合理的な装備となっている。
「よほど荒波に揉まれたらしいのぅ。下町の生活には慣れたか?」
「目下、訓練中であります」
ヘイスティングは昔の口調で答えたが、口元には笑みを浮かべている。
「なるほど。その顔から察するに道は遠そうじゃのう」
下町育ちのセルピコは知っている。
笑う場面でない時に笑みを見せる理由は二つ。場を和ませる時と強がる時、今のヘイスティングは後者だ。




