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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
210/379

二十一ノ九、痛み

 三人はもう村の近くまで戻ってきている。

 ロロラトが重ねて尋ねた。


「では……天上人が同じ『人』であるなら、月魔もまたそういった存在ですの? アレらの住処はアユラの冥界であると」

「それは、比喩だな」

 村人や兵たちには聞かさぬよう、少し声を落として話していた。

「月魔はあくまで地上で生まれ、地上で死んだ生物だ。生きているが如く活動するが亡骸でしかない、故に霊迷宮アユラの名を冠する」


アユラにも勿論エルシオンにも居はしない。だが月魔を完全に浄化出来る技は、エルシオンにしかない」

「なぜ?」

「それは――」

 レアムは両手を挙げてみせ、淡白に答える。

「私にはわからない。専門外だ」


 ロロラトは残念そうな口調で、半分は疲れもあって溜息混じりに言う。

「そう……二年前、そして十五年前の事件が、少しでもわかるかと思ったのですが」

「二年前か」

 ライオネルには覚えのある話である。

「月魔の大発生の謎についてなら、ノルド・ブロスでは答えが出ている。龍晶石つまりジェム原石の扱いを間違った、いわば人災だよ。あれは」


「人災、ですか」

「えぇ、ノルド・ブロスではあれは定期的に起こる。ジェム・ギミックとジェム鉱山の開発には付き物といっていい。それが大陸全土に広がったというだけです」

 レアムが話を戻した。

「十五年前、私がウエス・トールに赴いたのも、そもそもは彼の地が月魔の大群に襲撃されたからだ。そしてドロワ聖殿のゲートが作動しなかった理由も、それなら説明がつく」


「というと?」

 尋ねたのはライオネルだ。

「当時ドロワの周辺にも月魔が大発生した、となればドロワ聖殿が行うことは一つ。街全体を守る防護陣を張る。通常の低ランクのゲートはそれでまず不能になる」


「なるほど……で、弾かれてノア遺跡に飛ばされた、と? しかしそれならまず、ウエス・トール側のゲート自体が開かないはずなのにな」

「そうだ。そういうことも含めて、及びつかなかった私は迂闊だった」

 当時のレアムに理解できたことは、ノアの遺跡がまだ生きていると気付いた程度だ。


 三人はその場で立ち話をしていたのだが、心配そうに見てくる村人や待機中の兵たちの前でもある。

 場所を変えて話すことにする。


 広場まで戻り、一棟の小屋に入った。


 ロロラトはいつものように草花茶を淹れ、ライオネルとレアムに差し出す。

「……懐かしい気がしますわ。ここは、ひと月ほどまえにファーナムの方々が来られた時にもお通ししたの」

 違うのは、今はダルデがいないことだ。

「ひと月ほど前、か。ガーディアン・バーツがここに来た、と」

 ライオネルは、一度ドヴァン砦で邂逅した弟弟子を思い出す。


「えぇ。ここで一晩、色々と話をして下さって。そのあと、イシュを連れて」

「……」

 ライオネルは、ふとした違和感を覚える。

「イシュ、と呼ばれていたのか? あの子」


「えぇ、今はイシュマイル・ローティアスですけど」

 レアムが、独り言のように呟く。

「ローティアス……そうか、ギムトロスの」

「……えぇ。今は、立派にノアのレンジャーですわ」


「レンジャー、か」

 レアムは、いつもの遠くを見るような眼差しで言う。

「ふふ、今では立派に貴方の後継が務まっているわ」

 ロロラトが親の贔屓目のように微笑む。


 ライオネルがレアムをそう称して言う。

「レンジャー、ね。ガーディアンの隠れ蓑としては、まさにうってつけではあるな」

「あぁ……」


「あの頃の私にとって、レンジャーという立場は都合が良かった……村に居ながら互いに干渉がなく、自由に付近を探索し、村を守り、森と遺跡を守ることが出来る」

 レムと成ったあと、レアム・レアドは村を出ることを幾度となく考えはした。


 だがエルシオンに対する強い不信感が、レアムをこの森から離さなかった。

 村人も次第にレムを必要とし、幼いイシュもまた置き去られる知れない気配を敏感に感じ取る。

 ダルデはレムがノア族以上にノア族であると認め、ギムトロスはその腕前を買って森の守りを任せたいと思うようになった。


 短期間の滞在だったはずが、徐々にその時間が引き延ばされた。

 結局レムは消え去ることが出来ず、何度も発っては戻ってきた。その迷いの数は、そのままイシュの心の傷の数でもある。

「許されるものなら、あのまま村に留まっていただろう」

 ぽつりと付け足した。


「……レアム」

 ライオネルが意外そうに顔を見、ロロラトも懐かしさからか悲しげな声音になる。

「レム。私たちには、貴方が必要でしたのに……」

「ロロラト、ことはもっと深刻になっていたのだ」

「深刻?」


 レアムの佇まいに厳しさが戻り、ガーディアンの貌なる。

「私がそれに気付いたのは、二年前」

「二年……村が月魔に襲われた時、ですね」

 レアムはその戦いで重い傷を負い、聖レミオール市国にある大拝殿に助けられた。

「あの時、私は反逆の罪で処刑されてもおかしくはない状態だった。だが、それ以上にレミオールは――」

 レアムはそこで言葉を切った。

 何か考えているようだったが、ともかくもライオネルが会話を繋ぐ。

「ま、まぁ詳しい話は長くなるから次の機会にでも。ともかくも、半年前に私が聖レミオール市国に乗り込んだ時あっさりと事が成せたのには、理由があるということだ」


 レアムは、レミオールにった。

 十五年前には気付かなかったことが、その時のレアムにはわかるようになっていた。魔物ハンターでもなく森のレンジャーでもなく、ガーディアン・レアムとして再び戻ることを決めた。

 一年と少しの準備期間の間に、レアムはライオネル・アルヘイトとの繋がりを持ちその盟友となった。


 ライオネルの任務上の目的はレミオール市国そのものだったが、二人はドヴァン砦を堅固に守る戦略で合致する。街道の情勢、各地の動向がドヴァン砦からは掴みやすい。なによりも、レミオールそのものに戦火を及ぼさないためだ。

 サドル・ノアの村も目と鼻の先にあって、村や聖地に異常があれば察知できるはずだった。


 実際、レアムはその後の村の再建を人づてに聞いて知ってはいた。

 ほんの僅かだが、サドル・ノア村と付近の村とはギムトロスや行商人を通して、か細い交流が続けていた。レアムが身に着けているノア族の帯や、バーツたちが村を捜した時に見つけた土産物の布などは、そうやってタイレス族の手に渡った物だ。


 けれど、現実にはとても遠い存在になっていたことをレアムは今になって知る。

 村での記憶と共に置いてきた気懸かりに、レアムはいつの間にか自分から背を向けていた。

 複数相手に戦うことより、複数を守る方が難しい。


「なんだか、遊撃隊の方々から聞いたお話しとは、少し違いますわね」

  ロロラトはふぅ、と溜息をつく。

「戦争状態ってのは、そういうもんです」

 ライオネルは相変わらず他人事のような口調である。

「レム……貴方がたが今話して下さらないのなら私も無理にはお尋ねしません。今すぐ戻ってとも言いません。でも、生きていることくらいは知らせて欲しかった」


「すまない、ロロラト……。私は過信していた」

「過信?」

「姿を見せて、真実を明かす必要などないと思っていた。私一人で、ノアもレミオールも守れると……」

 レアムは自分の手を見つめ、確かめるように何度も拳を作った。


「私が今日ここに戻った理由……そのきっかけは二つある。レコーダーの襲撃で受けた傷が……癒えない。これは地上の施設では無理だ」

「二つ目は?」

 尋ねたのはライオネルだ。

レアムは暫く押し黙ったが、ようやく一言だけ呟いた。


「……イシュだ」

「やはり、あの少年か」

 ライオネルはとうに予想はしていたのか、特に驚く様子もない。

「イシュが? レム、貴方もイシュに会ったのね?」

 ロロラトは、気にはなっていたものの訊けずにいたことを、今尋ねた。

 レアムは答えず、沈痛の面持ちで目を閉じる。


「……思い違いをしていた。守られるだけの子供だと思っていた。子供だから、守ってやれるつもりでいた。遠くからでも」

 そしてレアムは、人には明かさない古い話を口にした。


「――私はすでに、同じ体験を二度も繰り返している。一度は百年前……妹を失った時、そして十五年前のハロルドの時……」

 ライオネルもロロラトも、はっと息を飲む。


「……ハロルドを信じきれず、見殺しにした。エルシオンへの憎しみもあったが、それ以上に己の非力を思い知った。妹の時と、私は何も変わってはいなかった」

 その話は、ロロラトもライオネルも知らない人物のものだ。

「私は……真に大切な者達の命さえも、守りきれなかった――それを、思い出したのだ」


 いかに最強の名を冠するガーディアンであっても、守りきれないものがある。


 ドヴァン砦の地下牢で傷ついて倒れているイシュマイルを見た時、その成長した姿を見た時、二度の後悔と苦痛が、記憶の奥底から呼び覚まされた。

 その痛みは、レコーダーに与えられた不治の傷よりも深い。

「今度を、三度目にはしたくない」


 レアムの声はいつもの如く抑揚を失ったが、今まで避けてきた痛みを口にする苦しみに満ちている。それはガーディアンであるなら言葉にしてはならない感情でもある。


「私はノアを、レミオールを守る。それが今日ここに戻った理由だ」

 そしてイシュも、という言葉は、声にはならずともロロラトの心には聞こえた。


「お前たちの援けを……借りたいのだ」

 ロロラトもライオネルも、その様子には二の句を告げずにいる。

 レアムをよく知る二人にとっても、今のレアムの姿は初めて見るものだ。


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