二ノ十、疾走
深夜の街道を二十騎あまりの竜馬が駆けていた。
ドロワの街はたちまち木々に隠れて見えなくなり、星と月があたりを照らした。目が慣れれば十分に明るい。
街道に所々に松明をもったアリステラ騎士が待機していたが、先頭を行くアーカンスに合図を送ると、横からニ頭の竜馬が追いついてきて並走した。
アーカンスは声高に叫ぶ。
「ファーナム第三騎士団、遊撃隊だ! 火急にて駆け抜けるぞ!」
アリステラ兵士は街道横の森を指差し、叫ぶ。
「間道を先導いたします! 我らの後についてください!」
そして続けた。
「北の街道にて、ファーナムの聖殿騎士団を確認したとのことです!」
「チ……ッ。慌しいぜ」
アーカンスの後ろ、五人長の騎士たちと並走しながら、バーツはいつもの口調でつぶやいた。
一行は街道から外れ、砂埃と共に森の中へと消えた。
その様子を、上から見下ろす一頭の竜馬がいる。
イシュマイルである。
兵士のいる街道を避けて、山を抜けて出てきたところだった。
ドロワの街は山頂近くにあり、ドヴァン砦に向かう道は山肌をジクザクに繰り返し、眼下の平地へと続いている。
遊撃隊や、他の軍勢も時間をかけて、街道を下りていた。
イシュマイルはそれを横切り、山を真っ直ぐに滑り降りることで、時間を稼いだ。
疾走を得意とする竜馬は、本来こういった道の無い高低差を移動するのには向いていない。滑り降りることにも慣れていないのだが、この竜馬は落ち着いていた。
山道に慣れているイシュマイルも、通りやすい道を見つけては、竜馬を上手く誘導した。短期間の間に、彼らは互いの癖というのを知るようになっていた。
はるか下の街道に遊撃隊を見つけ、イシュマイルはそれを見ていた。
「街道をそれた? 近道があるんだな」
そして遠ざかる物音を、遠くに聞く。
イシュマイルには、軍馬が木々の間を蹴散らして走る音が聞こえる。
木々の枝が揺れる音、動物が逃げ惑う声が感じられた。夜の森が立体的に知覚でき、その下の地面の様子をこの数日の天候から判断する。
イシュマイルは辺りの景色と併せて、およその方向を見定めた。
街道では遊撃隊を見送ったアリステラ兵士が、別の方向に移動するのがみえる。機を見計らって、イシュマイルも小さい崖を滑り降り、街道を横切った。
ドヴァン砦に視点を移す。
サドル・ムレスからレミオール領内に入るには、二つの道があった。
――一つは、山の道。
大陸南部から帝国領にかけて不規則に連なる火山脈があり、撚り合わされた布のように絶壁と奈落を繰り返している。
人には険しすぎる地形に加え、月魔や竜族が出没するとも言われ、これを越えることは困難である。
――もう一つが河を越えるルートである。
レミオールは正確には地続きではなく、島である。
聖レミオール市国の両側は、内海から外海へと大量の水が流れている。
周囲は見渡す限りの湿潤地帯で、人々は地面の堅い場所を選んで橋や渡し場を設けていたが、ドヴァンはその中でも特に入国の際に必ず通らなければならない場所にあった。
ドヴァンは河川を行き来する船の中継地点であり、橋を越える人々の関所だったが、後に中洲を足場に河を跨ぐように設けられたのが、ドヴァン砦である。
レミオール市国内には大聖殿などの宗教施設の他、湯治場等の療養所が多く、人々はドヴァン砦の中で書類上の手続きを済ませてレミオールへの入国とした。
砦の中は要塞というより町に近く、聖殿に関わる人々も多く駐留していたのである。正確に言えば、砦の外壁の部分だけが要塞として機能している程度の場所だった。
なぜこの場所が難攻不落なのか。
一つには周囲三方向が河になっており、二本ある橋からしか侵入ことができないこと。ドヴァン砦は、三重の外壁と複数の塔を持ち、橋の上を移動する者は常に監視下に置かれ、攻め手は無防備になる。
すでに半年。
何度となく軍隊が動員されているので、辺りには木々も少なく砦からは寄せ手の布陣が一望できた。
もう一つ、厄介なことに、ここには二人の人物がいた。
一人がレアム・レアドであり、もう一人がライオネル・アルヘイトである。
彼らはそれぞれ片方ずつ橋を受け持って同時に敵を防いでいた。さらには攻撃がどちらかの橋に集中した場合でも容易く対応してくるのである。
結局、攻め寄せる側は両方を同時に突破しなければ砦を落とせず、それは事実上不可能だった。