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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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二十一ノ七、出航

 翌朝早く、イシュマイルとバーツはアリステラを発った。

 夜明けとともに出航する船に乗り込み、見送ったのはラナドールとエミルだけだ。


 ロナウズは謹慎中のため、人目につく港までは行けない。屋敷の前でイシュマイルとバーツに、固い握手を交わしただけだ。

 道すがらイシュマイルたちは四辻を通ったが、レニも姿を現さなかった。


 ラナドールは、夜明けの埠頭で船がゆっくりと岸壁を離れていく様を見送った。


 巨大な商船は港内では小回りが利かない。複数の引船に押されて舳先の向きを替え、周囲をそれらに曳航されて進み出す様は、一匹の大きな魚のようだ。


 アリステラ港は半月の湾になっており、そこを抜けるまでは指南船が先行する。

 水深の浅い箇所や魚場や養殖などの施設も多数あり、サポートする船が無ければとても危険である。

 そういった狭所を抜け、いよいよ一隻になって進みだす頃には、もう岸壁からは遥か遠くなっている。

 

 いつもの、アリステラ港の光景だ。

「毎度毎度、港に来ると思うのですが……」

 エミルが少し寂しげに言う。


「船っていうのはゆったりしているようで、みるみる小さくなりますなぁ」

「……そうね」

 港にあれば巨大な船も、広大なアール湖の中では木の葉のようだ。


 早朝のアール湖には、他の商船や漁船なども行き来していて活気がある。

 ラナドールとエミルは、時間とともにうつろう朝焼けの水平線を眺めて留まっていたが、やがて屋敷へと戻っていった。


 四辻から少し離れた小道に、ロナウズは居た。

 港には行かなかったものの、やはり船を見ようとしてかアール湖の望める場所に佇んでいる。

 あまり長居をすると人に見られてしまうだろうが、ロナウズはラナドール達が出払っている隙に屋敷を抜け出していた。


 人には見つかるまい、と木陰にいるロナウズの背後に、人影が現れる。

――レニである。 

「こんな所から見送りかい?」

 ぶっきらぼうに言うレニの手には、槍が握られている。


 ロナウズは警戒しながら振り向く。

 互いが互いを避けていたので、こうして顔を突き合わせるのは初日以来だ。

「やはり……残ったか」

「あぁ。こっちもそれなりに事情があってね」

 レニは改めて、ロナウズを凝視する。


(何度見てもいけ好かねぇ)

 レニは不快感を顔に現したが、ロナウズの方も思うところは似たようなものだ。

「それで? 私は今丸腰なのだが」

「ふん」

 レニは手にしていた槍を肩に担ぎ直して、ロナウズを斜めに見る。


「望みは勝負か? それとも私の命か?」

「あんたの望みはオレと同じ……力を見せつけること」

 レニは、一言一言を読むように語気を強めた。

「オレには目標がある。一族の恥、レアムを打ち負かす。そして一族の誇りを取り戻す。皇帝派だろうと反皇帝派だろうとかまわねぇ」


 一族の誇り、という点ではロナウズも同じ。方法も似ている。

「だが、あんたには倒すべき目標が居ない」

 ロナウズにとって憧憬であり目標であったハロルドは、もう居ない。

「あんたがイシュマイルに目をかける、本当の理由はなんだ?」


 レニはうっすらとわかっている事柄を、敢えてロナウズに問いただした。

「その人物を装った顔の下で、傲慢な素顔がちらついているぜ」

 ロナウズは、ふっと自嘲的な笑みを浮かべる。

「……なるほど。陰口は散々言われてきたが、面と向かってそこまで言われたのは久しぶりだ。清清しいな」


「まだ言うか? 怒れよ!」

「怒る? そんな必要はない。君の指摘は当たっているからな」

 レニは、平静を装う風のロナウズに苛立ちを露わにするが、ロナウズはそれよりも先に開き直っていた。

「ならば私も君に問おう。――あの少年のどこに惹かれた? 何を見たのだ?」


「あんたと同じものだよ」

「……」

 レニは憮然として答え、ロナウズはそれに対しては反応しない。

「……いや、逆だ。あんたとは、たぶん真逆のものだ」

 レニは言い直した。

「あんたがあいつに望むものは、オレとは正反対だ」


 レニは担いでいた槍を器用に数度回し、ロナウズを正面に見据えて構え直した。

 いつでもその胸を一突きにしてやる、そんな殺気が篭っている。

「言ったろ、オレはあいつを守る」

「……ふ」

 だがロナウズは、小馬鹿にしたように鼻で嗤っただけだ。


「そうか。なら、せいぜいその時までイシュマイル君を守ってやるといい。……もっとも、その前にウエス・トールから無事に戻れるかどうか」

「てめぇ! 心配もしねぇのかよ!」

 ロナウズは、これまで見せたことがないような昏い笑みでレニを挑発する。

「あれが、その程度で斃れる器か」


 ロナウズは両手で自分の胸を示し、刺せるものなら刺せといわんばかりのしぐさをする。

「君もそう思うから、ウエス・トールには行かなかったのだろう?」

「……」

 たしかにロナウズの言う通りである。気掛かりではあるが必要はなかった。だからアリステラに残った。 


「イシュマイル君がその程度の存在なら……君も、私も彼を目に留めることなどなかった。違うか?」

「……」

 レニには、反論する言葉はなかった。


 ロナウズは、時折見せる冷たい瞳でレニを、その背後にいる龍族の姿を捉えた。

「君は私を傲慢だと言ったが、私に言わせれば龍族の傲慢さにはかなわんよ」

「なんだと?」

「今この場には君と私しか居ないが……私には感じる。何百、何千という視線が、我々を見ている。それも、興味本位でな」


「そればかりじゃない。ドヴァン砦のことも、この大陸で起きている諸々のことも、彼らにとっては享楽でしかない。神の目線でもなく魔の一手でもない、ただただ驕慢だ」

 その言葉は、レニだけに言ったものではない。その背後に無数に蠢く龍族へと向けられている。

「……あんた」

 レニは、怒るより先に驚きをもってつぶやく。

「もしかして、渦が見えてんのか?」


「そんなものは知らんよ」

 ロナウズは、レニの背後になおも感じる無数の存在を無視して嘯いた。

「ただ、私にとってはその槍の切っ先より、ずっと不快だ」

「……」


 レニとロナウズの間には、どうやっても和解というものが得られなかった。

 ただ救いなのは、今この場でどちらかが斃れるというほどには深刻ではない。少なくともイシュマイルという存在を挟まない限り、互いに干渉せずにいられる程度には冷静だった。


 レニは今しばらく、バスク=カッド家の援助をほどほどに受けながら、イシュマイルたちの帰還を待つ。


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