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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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二十一ノ五、友として

 司書が生成した方の魔石は、透けた黒色の中に色とりどりの光が反射して宝石のような輝きを放っている。

「私が生成したものは、まだまだ品質が安定しません。……よく見ると何色もの色彩が出ているでしょう? でも月幽晶は黒色が一番エネルギーを引き出せます」


「そしてこちら。見事に黒一色です。これは殿下が生成なさったもの。歴然とした差があるんです」

 対してタナトスの魔石は、照射され続けている光を吸い込むかのように、揺るがない黒のままだ。

「月魔石よりも遥かに深い色合い……魔石の専門家でもないのに、段違いです」


「私の専門は本来、魔道書の翻訳と分類ですので……プラントの現状を維持するくらいしかできません。しかし殿下はこんなに簡単な器具と計器だけで、ここまでの成果を短期間に……」


 龍晶石、龍鱗石を扱う試験には危険が伴う。

 それ自体が有害であり実験者や被検体の変異、月魔発生の誘発の可能性などを考えれば、見た目ほど気楽な試験ではない。


 しかしタナトスは、それを枝木を継いで花を咲かせるか如く、愉しんで行っていた。

 カーマインは呆れたように微笑む。

「……兄上らしい」


 思えば、別邸で龍族の幼生体を育てたり、大図書館に通って魔道の研究をしたりと、いつも何かしらに没頭していた。

 傍目には何をしているのか掴めず、単に本来の役目を放棄しているだけだと思われてもいた。

「なるほど、兄上には兄上なりの絵図通りに動いていたんだな……」


 ぼんやりとだが、点と点が繋がってタナトスの見ている景色を伺えたような気がした。

「……」

 カーマインの感慨深げな様子に、司書はその横顔を伺うように見ている。


 今までも何人もの訪問を受けたが、みな行方を聞き出そうと急かすだけで、そうそう熱心に司書の話など聞く者はいなかった。

(もしかしたら、殿下のことを本気で心配している数少ない人なのかも)

 ふとそう思った。


 司書はそれまでカーマインとは話すのはおろか、近くで見たことすらなかった。

 相当に遠い世界の人、という印象で耳にするのも誰かの人物評程度。ただ英雄の再来であるとの噂は何度か聞いていた。


 今も、見事な赤髪と彫り深い顔立ちに目を逸らせない何かを感じていた。

 狭い室内にあって、カーマインの長身や立派な体躯は見上げるようだったが、不思議と嫌な気分にもならなかった。

「あの……」

 司書が遠慮がちに声をかける。


「なんだ?」

「あの、私には」

 司書は少し言葉を選んだ。

「殿下のお考えを察するなど到底出来ませんが……少しばかり心配になるんです」

 司書は、平素誰にも言わない言葉をふと口にした。


「心配、とは?」

「殿下の、いつも見据えていらっしゃる何か……私には生き急いで見えてしまって」

 カーマインは少し興味を抱き、訊き出そうとする。

「たとえば?」


「えぇ。魔道の発掘の時といい、今回といい……殿下はいつの間にか取り掛かっておられて、気付いたら完成形だけがそこにある――そんな風なんです、いつも」

「……」

「とにかく、追いつけません。どうしていつも御独りで何かを成そうとされるのか……出来ることなら、私ももう少しそのお手伝いを――あっ、す……すみませんっ。またこんな不躾なことを言ってしまってっ」

 司書はまた慌てて頭を下げたが、カーマインも彼の言うことがよく理解出来る。


「かまわん。……兄上はいつもそうだ。いつの間にやら何かを残して、自分はとうに次のどこかに居る、そういうお人だ」

 カーマインは、それに対して自分の心情がどうであるかは口にしなかった。

 けれど、その表情を見れば一目瞭然である。


「きっと殿下は、亡きニキア様の研究を引き継ぎ、より高度に昇華しようとなさっておられるのでは」

 司書は、当分はこのプラントで活動するしかなく、それならば少しでもタナトスの成果を追いつきたいという意思を、カーマインに熱く語った。

「お留守の間に、少しでもお役に立ちたいと思っているのです」


 司書は魔石の説明をしながら、何度か同じ言葉を繰り返した。

「通常のジェム・ギミックと月魔石レベルのギミックはまるで別物です。月幽晶は黒色でないと意味がない、ホワは漆黒でなければなりません」


 その鬼気迫った様子に、カーマインは少しばかり見方を変えた。この司書もまた一線を行く研究者の端くれなのだろう。

(……なかなか面白い奴だ)

 今日この場に足を運び、少しばかりタナトスの足跡に辿り付いた。そして、この司書と話してみて心が軽くなっている自分にも気付く。


 カーマインは思う。

 この司書は政治的には地味で身軽だ。博識で没入しやすいようだが純粋である。そして、とても気さくだ。こういう男だからこそ、タナトスと親しくしていられるのだろうか、と。


 自分ならどうであったろう。

 龍人族でなく、名門の生まれでもなく、軍団の総帥でもなく、皇帝の息子でもなく――。

 弟ですらなかったなら。

 

 親しい友として語らうことがあったろうか。

 何一つ接点も共通項もないままに。


 カーマインは一つだけ決めた。

 もうタナトスの行く先を追って彷徨うのをやめようと。

 出来るなら生涯の忠誠を誓い、ずっと見上げていたかった。だが、もう時勢がそれを許さない。ならば、せめて居場所を守るしかない、と。


 カーマインの持つ龍相、王者相は常に勝つことを求められる。

 勝ち進むことでのみ居場所が安定したものになるのなら、王者相としての本懐である。

 待つことも耐えることも、それが一つであるならばそう違いはないはずだ。


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