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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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二十一ノ三、プラント

 ノルド・ブロス帝国。

 その首都は炎羅宮レヒトと呼ばれ、うち一画にレヒト聖殿が百年前に再建された塔の姿で建っている。


 皇帝の第二子・カーマインがここを訪れるのは久しく、珍しい。

 政務の隙間を見つけ、全くのお忍びとしてカーマインはある人物を訪ねてレヒト聖殿を訪れていた。


 大図書館に勤めていた司書である。

 今はわけあって聖殿の庇護のもと隠れるように暮らしているが、カーマイン直々の訪問を受けては会うほかなかった。


「殿下におかれましては、南の別邸にてご静養なさる、とまではお伺いしました。それ以上存じ上げません」

 司書は、もう何回も繰り返したこの言葉をまた言うしかない。


「南、か……」

 すでにその別邸はもちろん、思い当たる場所には全て当たったカーマインである。探しているのはタナトスの行方だ。

「どういう関わりだ?」

 カーマインは、タナトスに関する質問をひとまず置き、司書自身のことを問うた。

「兄上とはずいぶんと親しいと聞いたが」


 先日の黒い龍の暴走の折、この司書は傷病のタナトスの傍らにあって彼を看ていた。その為にタナトス派と目され、行方を聞き出そうとする様々な人物の訪問を受けていたのだ。


 タナトス不在の日数が増えるにつれその割合は増し、さらに尋問も受けるようになるとさすがに危険を感じるようになる。

 司書はレヒト聖殿に逃げ込み、ひとまずの安全は約束されたが、司書としての仕事も出来なくなり、日々のほとんどをレヒト聖殿で過ごしていた。

 改めて、自分が気軽に接していた人物の立場というものを痛感している。


「そんな、恐れ多いです……。殿下が魔道についての調べ物をなさる際には必ず大図書館にお出でになります。私はその際のお手伝いをしていただけで」

「今は、ここでなにを?」

 カーマインは初対面のこの司書を観察していた。


 聞いた話では、タナトスと同じくこの司書も片親がタイレス族とのことだが、龍人族の常で銀髪に紫の瞳、とタイレス族側の特徴は現れない。

 少し小柄に見えるのは、この司書はまだ幼生体であるからだとも聞いた。


 龍人族は最初の五年から十年ほどはタイレス族よりも早く成長するが、その後は数倍の時間をかけて成体になる。三十年、四十年たっても成体にならない個体もあり、一概に年数と成長度が一致しないのである。


 司書はその見た目と、人当たりの良い性格もあって何かと書生のように扱われがちだった。日常から自由に行動していたからこそ、タナトスの相手を務める機会に恵まれたのだろう。


「――あ、はい。殿下が植物園で近ごろ進めておられた研究の、その中継ぎです。誰かが見ていないと枯れてしまいますから」

「植物園?」

「はい、プラントです」

 見てみたい、とカーマインは言い、司書もそれに従ってカーマインを案内した。


 レヒト聖殿の周囲には礼拝堂の他、エルシオン信仰に関係する施設や大図書館などがあり、竜族、龍人族の領土内にあってここだけはタイレス族の文化の香りがある。


 黒い石造りの建物群を進むと、たしかに植物園が見える。

 ノルド・ブロスは人族にとって環境が良いとは言えない。タイレス族はそこに各地から取り寄せた植物を集め、憩いの場所とすると同時に、環境再生の研究なども行っていた。


「こちらの一画に、殿下のプラントがあります。といっても、見ただけでは普通の栽培プラントですけどね」

 司書は、先ほどまでの緊張が解けてきたのかいくらか饒舌になっている。

 司書に案内されて緑の道を歩きながら、カーマインは久しく見てなかった植物の息吹を感じた。


 グリーンハウスの並ぶ緑の道沿いに、幾つもの小屋やプラントが並んでいる。

 案内された一室に入ると、内部は植物に合わせて空気調整がされている。ふだん竜の谷の乾いた風に慣れているカーマインには、緑の放つ芳香が肌に染みる気がした。


「これは月針葉と呼ばれる多肉植物の一種です」

 司書は鉢植えに入った小さな植物を一鉢取り出して、カーマインに見せた。

 肉厚の葉に複数の棘を生やした、小ぶりな植物である。小分けに一鉢ずつ植えられ、丁寧に並べられている。

 どうやらタナトスはこの月針葉だけを集中して栽培しているらしかった。


「この月針葉は、もともとノルド・ブロスには自生していません。数十年前にニキア様と、その妹君のミネヴァ様が国外から持ち込まれたと聞いています」

「ニキア殿?」

 カーマインは少しばかりの驚きで問う。

ニキア、とはタナトスの生母である。


「そしてこちら……」

 カーマインの様子はさておき、司書は別の棚からもう一皿取り出してカーマインに見せた。

 皿の中には綿に包まれて、幾つかの黒い魔石が入っている。

月魔石アユラ・ストーンのようだが」

「こちらは龍晶石を安定させた魔石、月幽晶アユール・ホワです」


 名を聞くと、カーマインにも記憶がある。

「あぁ、あの。ニキア殿が生前、ギミックの動力石として推奨されていた――」

「えぇ。他の魔石と同じようにジェム・ギミックの動力として使用できますが、殿下がなさっていたのはその効率化です」


 タイレス族にもジェムとジェム・ギミックがあるが、元々はこのノルド・ブロスで開発された技術である。サドル・ムレスではひとまとめにジェムと呼んでいるが、帝国では結晶の精度や由来によって名称が変わる。


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