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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
203/379

二十一ノ二、岨道(そばじ)険路

 いつの間にかギミックは止まっていた。

 扉を開くと、最初のスロープ下の空間がある。ダルデを担いだ息子が、まず部屋から出る。


「ロロラト、ライオネル」

「なんだ」

 レアムはまだ壁に凭れるように立っていたが、言いたいことがあるのか二人を呼び止めた。


 ダルデを背負った息子は振り返ってレアムを見たが、一足先にダルデを運ぼうと坂道を登り始めた。レアムはある程度距離が空くのを待って話し始めた。


「ここからが本題だ。お前たちに話がある」

「なんでしょう、レム――いえ、レアム」

 ロロラトは気が緩んだのか、レアムをその名で呼んだ。先程までは、別人のような古い友人に戸惑いがあったのだが、少し話して打ち解けてみるとやはり同じレムだと感じていた。


「あの龍が伝承の三賢龍であろうことは異存ないな?」

 レアムが二人に問う。

「あ、あぁ……見たものが幻でないなら、な」

「そうですの?」

「あの巨躯、私は龍の谷でも見たことがない。だが言い伝えに聞く古代龍と特徴が一致する。亡骸が巌になるという伝承も」

 直接見ていないロロラトには判断がつかない。

「しかし、あれほど生々しく姿が残るとは……。信じ難い」


「おそらく、過去にもサドル・ノアの族長たちはあれを見たのだろう。そしてあの亡骸に畏敬の念を抱き、誰も近付けまいとした……龍座の文字、地の神の伝承がそれだ」

「その理由は?」

「え?」

「何故、近付けまいと判断したのか? その理由だ」


 二人が答える前に、レアムは結論から先に提示する。

「――あの古代龍、おそらくまだ生きている」

「……」


「まさか!」

「……どういう、意味でしょう?」

 ライオネルとロロラトは即座に理解は示さなかった。


「ありえん。三賢龍の伝承は、それ自体がノア族の歴史以前のことだぞ。龍族がいくら長い寿命を持つからとて、そんな――」

「ない、と……本当に思うのか?」

 レアムは、逆に疑問の形でライオネルに問う。

「龍族にはそもそも『死』の概念がない。その身は地にあっていわおとなり、その識るところのものはくうに溶け、生命の発露はあまねく潤いを与え、絶えることがない。……彼らに死はない、そう認識しているはずだ」


「そ、それはそうだが……」

 ライオネルは言葉を選んでか、いつもの饒舌が発揮できない。

「それこそ概念というものではないのか。死のない生き物はいない。――もし仮に、あれがまだ生きている個体であるなら、それは三賢龍ではない別の龍族だ。三賢龍のように龍の巣を離れた個体が過去にもいて、故あってあそこに眠っているというのなら、納得がいく」


「だがあれが有史以前から生きているなど――」

 ライオネルはようやくそこまで言葉にした。

 柔軟な思考を持つライオネルであるが、やはり神話や伝承といった類のものは、事実の比喩かオマージュであると考えていた。


 現実は現実的な事象の範囲で帰結するものと思い、それを越えた現実離れした現実はもはやそれ自体がナンセンスであり破壊的だ。


「根拠なら、ある」

 レアムはすでにこの混乱の段階を抜け、いくらか冷静だ。

「さきほど、龍座の前に立って感じた。あの龍は動くことなく眼を開くこともなく、ただそこに在るだけだ。……しかし、あれは私たちを見ていた。とても、とても遠くからの視線を、私は感じた」

「……」


「なにより、ライオネル。お前は聞いたはずだ。お前が自分をノア族だと自覚するならば、お前を呼ぶ龍の声が聞こえたはず……違うか?」

 ライオネルは思い当たる節があるのか、返答に詰まった。

「私たちは幾つかのギミックを解き、比較的安全にあの場所まで辿り着いた。だがあれが運ではなく導きだとしたら――」


「お前はあの龍に呼ばれたのだ。ライオネル、そしてロロラト。お前たちはノアの族長一族、直系の子孫だ。その血に鍵を持つ者として遺跡を守る義務がある」

「……」

「タイレス族にも、龍人族にも渡してはいけない」

 サドル・ムレスにもノルド・ブロスにも。そうレアムは言う。


「――龍人族にも、か?」

「そうだ」

 レアムは、自分やライオネルも龍人族であることを承知の上で言う。

「これはノア族の遺跡……古代龍とプレ・ノア族の誓約の証。ノア族とタイレス族にも繋がり、今のタイレス族と龍人族の対立、その劇薬になるものだ」


 そして、こう付け加えた。

「お前は、兄たちの添え物ではない。思い出せ、自分の存在を」

「……」

 ライオネルは黙り込んでしまったが、その身のうちでは心臓が高鳴っていた。

 あの時確かに感じ、錯覚だと思い込もうとした何者かの存在。ここにきて、これほど自分が高揚することがあろうとは――。


「ノルド・ノアにも、同じ遺跡があるはずだ」

「む……それはつまり、私に兄上に逆らえ、と言っているわけか」

 ライオネルはようやく苦々しい皮肉を返す。

「敵対する必要はない。守るだけだ」

「腹芸は、嫌いではないがね……」

 ライオネルは両腕を組み、深く息を吐く。


 黙って聞いていたロロラトが、ふと思い出して尋ねる。

「三賢龍が伝承の通りだとするなら、ノア族の三つの村全てに遺跡があるのですね? 同じような龍族の居る遺跡があと一つあるということでしょうか」

「あ……」

 ライオネルもはっと頭を上げる。

「そうか、オヴェス・ノア族。彼らにも三賢龍の伝承がある……」


「あぁ」

 レアムは肯定しながらも、首を横に振る。

「だがオヴェス・ノアの里はすでに崩壊している。数度その拠点を移し、伝承も人も散逸している。遺跡そのものの痕跡も消えている」

「まぁ……」

 ロロラトは痛ましげに眉根を寄せた。


「ねぇレム。いえ、ガーディアン・レアム」

 その名で呼びながらも、声音はレムに対していた頃の親しみを含めている。

「十五年前、あなたがこの村に来たのは、このためでしたの?」

「……」

 レアムは言葉ではなく、ゆっくりと首を横に振る。


「十五年前ってのは?」

 ライオネルが、かねてから気になっていたことを聞き出そうと口を挟む。

 だがレアムは、これに対しても首を横に振るだけだ。


「その話をする前に、ひとまず出よう。ダルデを休ませて診てやらねばならん」

 三人は話を切り上げ、扉の封印を戻すと長いスロープを戻り始めた。


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