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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
201/379

二十ノ十、まどろみの誓約

「まて……待ってくれ」

 案の定と言おうか。

 ダルデ・サナンは弱った身体でなおも先に進もうとする。足を引き摺るようにして、妻と息子の制止を振り切ろうとした。


「サドル・ノアの族長殿!」

 ライオネルはその呼び名でダルデに言う。

「意地だか務めだか知らないが、聞き分けて頂こうか? 貴方はいま細君や跡継ぎの命まで危険に晒しておるのだぞ」

 過分に嫌味の篭った忠告であるが、ダルデに通じるとも思えない。

「――ライオネル。好きにやらせてやれ」


 ずっとダルデを無視していたレアムが、ここに来て口を挟む。

「ただし、ダルデ。ロロラトと彼はここまでだ。そして私とライオネルはお前に手は貸さん」

「おい、レアム――」

「自分の足でついて来られるところまで来るがいい」

 そして初めてダルデに向かって笑みを作って見せた。

「ついて来られるものなら、な」

「……おうよ」

 ダルデは、レアムの挑発を容れて北叟ほくそ笑む。かつて互いに競い合う仲だった頃、よく見せた笑い方だ。


 ロロラトは、何も言わずに小部屋リフターの奥へと姿を隠した。息子を自分の傍らに呼び寄せ、夫のことは夫自身の好きにさせる。

 ロロラトが今までの経験で知っていることは、レアムの挑発はダルデを奮起させるものであり、そういう時のダルデという男はなかなかにしぶといのである。


 ともかくも、ここからは三人で進む。

「やれやれ……」

 ライオネルは納得のいかないまま、レアムの後について少し後ろを歩いている。

「扉の開き方はわかったのだから……三人纏めてさっきの階層まで叩き返せば良かったんだよ」

 ぶつぶつと愚痴るライオネルの様子に、レアムは薄い笑みを浮かべる。先頭を歩いているため誰からも見えなかったが、その微笑み方はレムのそれだ。


 通路は細長く、先ほどのスロープより暗い。

 通路にはぽつぽつと光源があるのだが、壁や床のタイルが暗色なためか余計に目の端でちらつき、視界は暗さを増す。

 何より、足元の空気がゆらゆらと歪んで見える。目の錯覚であるのか、剥き出しの龍晶石が溶解していくもやのせいなのか。


 視界の中で黒い影が揺れる。

 誘導灯は青や緑の僅かな光源で、無色透明の龍晶石を染めている。


 進んでいくほどに通路の奥は広くなっており、一定の間隔で並ぶ柱が視界とわずかな光を遮った。

「気をつけろ、思ったより広い。あまり離れるなよ」

 ライオネルは先を行くレアムと、後から来ているであろうダルデに声をかける。


 垂直に延びる柱に手を置き、ライオネルは上を見上げる。

 天井も高くなっていて、あちらこちらに龍晶石が垂れ下がっているのが見える。透け入る灯りを照り返す淡い煌めきは、雲の間に見える星のよう。

「まんま人工の洞穴だね……このまま龍晶石に埋まるんじゃないのか?」


 天然洞窟の自然美にも似た、人を寄せ付けぬ美しさを感じないわけではない。ただ見惚れている時間もないのだ。

 背後から、ダルデが咳き込むのが聞こえる。

 魔素が混ざる通路内の空気は、慣れているはずのライオネルでも不快に感じる。さっさと早足で抜けてしまいたい。


――ふと。

 先頭を歩いていたレアムが立ち止まったのが、足音でわかった。

 レアムを探してライオネルが見たものは、前方に聳える白く浮かび上がる壁。

 回廊の先には、さらに開けた空間が広がっている。

「レアム、どうした。またギミックか?」

 漂う魔素の濃度を考えれば危険であると思われたが、レアムはその場で立ち続けていた。

 

 白い壁の表面にはびっしりと龍晶石が発現し、白光を照り返す様が氷の壁のようだった。白いもやが冷気のように落ちてきていて、まるで氷河洞窟の中にでもいるような、明媚な景色の中にレアムは居る。


 レアムの様子に注視していたライオネルは、気付くのが遅れた。あとから来たダルデの方が先に『それ』を認識し、驚きの声をあげる。

「なにごとだ、 どうしたっ?」

「ま、前――すぐ目の前にいる!」


 ライオネルは二人の視線を追い、壁の中、龍晶石の奥にまだ空間が続いていることに気付く。

「――ぅわっ!」

 まったく彼らしくない声を上げた。


 白い壁に見えていたが、よく見れば透けて奥の景色が見えている。

 ガラス質のこちら側にもあちら側にも龍晶石が発現していて、特に内部は水晶柱のような長大な結晶が乱立している。灯りはなく広さはわからない。


――その中にあって。

 天然の岩壁かと思っていたのは、巨大な生き物の頭部だった。

 ちょうど顔面をこちらに向けていて、俯いた姿勢のまま結晶の檻に閉じ込められている。

「……龍族、か……? いや、しかし」

 巨大過ぎる。

 閉じたままの瞼が人の背丈ほどにも見え、全体の大きさが測れない。

「ありえん……なんってでかさだ!」


 動揺を隠せないライオネルの前で、レアムはガラスに手を置き、至近距離にある龍の頭を見上げている。

「これが……龍座か」

 確かに龍がそこにいた。

 ただし龍晶石に包まれ、氷漬けのような姿で眠っている。


 ダルデが弱った足取りで壁に近寄る。

 レアムの横顔を見、もう一度目の前の龍を見上げる。

「これが……地の神の姿か」

 見慣れぬ生き物に畏れを感じながらも、自分の目で見た真実に呆然としている。


「ダルデ、そしてライオネル」

 レアムが口を開く。

「お前たちもノア族の族長に連なる者なら、この龍が何者なのかわかるだろう?」

「え……?」

 問われたライオネルは、すぐには答えられなかった。

 窮した時の癖で眼鏡弦に手をやり、目を閉じて考えようとする。目的地には着いたが次のプランが真っ白に飛んでいた。


「――ダルデ、十二分に目に焼き付けたな? もういいだろう」

 そんなレアムの声がした直後、鈍い音と共にダルデと思われる詰まった悲鳴が聞こえ、ライオネルは思考を放棄して声を上げる。

「なんだっ? 今度は何があった!」


 見れば、レアムに倒れ掛かるような姿勢でダルデがぐったりと膝をついている。

レアムは澄ました顔で答えた。

「気絶させた。これ以上の魔素を吸わせないために」

 なんだ脅かすな、とライオネルも息を吐く。


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