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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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二ノ九、開かない扉

「どっちにしたって戦を知らねぇ人間が混ざったって、足手まといにしかならねぇよ。仲間の命を危険に晒したいか? ……それが嫌ならココで大人しくしてろ」

 イシュマイルが口を閉ざすと、バーツは背を向けて部屋着を脱いだ。


「……」

 イシュマイルはバーツの背を睨む。戦場の現実など全く想像の域を出ないが、バーツの理屈は理解できた。理解は出来るが得心のいくものでもない。

 イシュマイルは窓の方に視線を逸らした。


「俺は、ダルデやギムトロスのじいさん方から、お前を預かったんだ。責任があるんだよ……」

 バーツは、言い過ぎたとは考えないつもりだ。

「いいな、ここで待ってるんだ」

 バーツの足音が扉に向かうのに気付いて、イシュマイルが振り向く。


 騎士団の騎乗服に着替えたバーツは、いつもと雰囲気が違って見えた。

 髪が他の騎士たちより長いことと、その髪が黒いことを除けばバーツの個性は制服の中に埋没して見えた。

 バーツは床を指差して、ここに、という仕草を繰り返した。


「……みんなが戦ってる時に、僕はここにいろというの?」

 バーツは頷くとその黒髪を適当に撫でつけ、騎乗帽を被った。

「僕も戦えるのに……皆が戻るのをただ待つの?」

「じゃあお前がそう思っててくれ。全員が無事に戻ってくるってな」


「……レムと同じだね」

 イシュマイルは酷く冷たい声で言う。

「レムも、戦いに出かける前に言うことは、いつも同じだった」

「……」

 横を向いてしまったイシュマイルに、バーツは言うべき言葉がなかった。


 レアム・レアドのその時の心中を、僅かながら共感したからだ。そしてすぐにそれを頭から追い払った。

 敵に感情移入していては戦えない。


 そして振り向くことなく部屋を後にした。


「……」

 イシュマイルはしばし、その扉を睨んでいた。誰かの背中が遠ざかる様も、締まったままの扉も、幼い日の記憶のままだ。

 だが、今のイシュマイルは立ち上がった。


 足音が遠ざかると、そっと扉に向かう。

 そして外の気配を伺いながら、静かに扉を開く。


 扉の前に誰かがいた。

見れば、この宿舎で働く者の制服を着ている。その人物は扉が開いてるのに気付くと、振り返って扉を閉めてしまった。おそらくイシュマイルを外に出さないよう言い付かって見張りをしているのだろう。

 イシュマイルは足音を潜ませて、扉から下がる。


 イシュマイルは考える。

 遊撃隊の使用している棟は、ホールからかなり遠く、門までも距離がある。今この場で見張りの者をやり過ごせたとしても、他の扉までまだかなりの距離があった。

(たしか、砦まで半日くらいって言ってたっけ)

 竜馬での最速ならばもっと早く、数時間で着けるはずだ。熟練の騎兵(ライダー)ならば、竜馬の能力を最大限に引き出せるという。


 静かに装備を整えると、イシュマイルは窓際に行き、窓を開けた。

 そしてバーツが先ほどまで使っていた机の灯りを消す。室内は真っ暗になったが、イシュマイルはしばらくそこでじっとしていた。


「……」

 会うのを先延ばしにしたいと思っていたのに、いざ目の前にチャンスが転がると飛び付かずにはおれなかった。記憶や人の噂でなく、自分の目で、今の現実を見たかった。


 少なくとも自分が何か変えられると、そう信じたい心理がイシュマイルにある。自分だけが役に立たないのも口惜しいが、人に放って置かれることに恐怖を感じる、それがイシュマイルの弱点でもある。


 目が闇に慣れるころ、イシュマイルは密かに窓から外に出る。部屋は三階にあったが、木々の上を渡り慣れているシュマイルにはどうということもない。

 ドロワの街は、夜が更けてもなおうっすらと灯りを照り返していた。


 イシュマイルは人目を避けて壁を伝い、厩舎に辿り着いた。

 先ほどまでは遊撃隊の出立で騒然としていたが、今は誰もいなくなってひっそりとしている。


 厩舎の竜馬は数頭を残して出動していたが、イシュマイルが借り受けたあの竜馬は居残っていた。竜馬は出動の時、イシュマイルが居ないので動かなかったのである。


 竜馬はイシュマイルに気付くと、待っていたかのように立ち上がる。

(よし、いける)

 イシュマイルは鞍をつけてやる。

 竜馬に乗ってさえいれば、何かの制止があっても振り切れるだろう。

 イシュマイルは一人、出立した。



 イシュマイルは誰にも気付かれていないと思っていたが、その様子を察した人物が一人だけいた。

 ロナウズである。


 ロナウズは、バーツたちの出動後も室内にあって、引き続き自軍に指示を与えていた。が、何かの気配に気付いて窓に近付いた。

 どうやって感知できたのか本人にも説明出来ないが、ガーディアン並の超感覚というものをロナウズはときおり自覚無く発揮した。


 すでにイシュマイルの竜馬は街の景色に消え入るところだった。

「……」

 その白い影を見てロナウズは何があったのかを理解し、眉を潜めた。


「いかがされましたか」

 同室にいた部下が、ロナウズの様子を見て怪訝そうに声をかける。

 ロナウズは逡巡したが、部下に命令を与えた。

「……支度しておけ。何かあれば、我々もすぐに出る」


 部下は、ロナウズのいう「何か」の意味を計りかねた。

 ロナウズは重ねて言う。

「我々の任務は街道警備。……この意味、わかるな?」


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