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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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一ノ一、ノア族の村を捜して

第一部 ドロワ

一、ノア族の村を捜して

――十五年後。

 大陸の南方。緑豊かな土地でのこと。

 深い森の中に、すでに朽ち捨てられた村の跡があった。


 この日、此処にはニ十人ばかりの若者たちの姿があった。彼らにとっては異民族の村であり、様々な噂だけが聞こえていた。


「竜馬を休ませておけ」

 一人の若者が命じる。

 彼らは竜を駆る竜騎士。五人ずつのグループに分かれ、それぞれに行動している。ある者たちは井戸に応急処置を施し、ある者たちは村跡の瓦礫や周囲の森を探索し、忙しくしている。


 彼らの傍らにいるのは『竜馬』と呼ばれる二足歩行型の竜だ。

 竜馬に水を与えて休息させ、鞍の点検などしている姿からは、堅苦しさは感じられない。

 彼らは揃いの軍装に、同じ深緑色のマントを身に着けている。


 かつてこの村にはたくさんの住居があったらしいが、その全てが火災と破壊の痕跡だけを残している。不自然なのはそれらが年月と共に風化することもなく、そのままの姿を保っていることだ。

 災厄の惨状のまま時を止めてしまったような光景は、訪れた者に残らず畏怖の念を抱かせた。


「隊長はどちらに?」

 一人が声をかけると、問われた青年は力仕事の姿勢のまま村の奥を指し示した。村の奥は緩やかに登った丘になっていて、その向こうは崖。

 小高い場所に指揮官ら四人の姿が見えた。

 石畳の残る丘の上には、祭壇あるいは演説台のような大岩が据えられている。


 その大岩に、一人の若者がくつろいだ格好で座っていた。

「バーツ隊長、来ました」

 すぐ横に立っていた若者が短く報告する。

 一同が荒地を見下ろすと、五騎の竜騎兵が乾いた土を蹴って走り戻ってくるのが見下ろせた。

「慌てることもねぇのにな」


 バーツ隊長、と呼ばれた黒髪の若者がその様子を見て呆れたように呟く。

 横に立って報告した若者、アーカンスがその青い目で咎めるような視線を向けた。


 若者たちは皆、このアーカンスと同じく金髪で青に近い瞳をしている。彼らは『タイレス族』と呼ばれる種族で、男性の多くは短髪にしている。


 一方バーツのみが黒い髪を持ち、肩にかかる程度に伸ばしている。

 他の者が揃いの騎乗服を着ている中、バーツだけは街中の若者のような着崩した格好だ。


「隊長、ありましたっ!」

 先頭の竜騎士が鞍から飛び降りると、竜はあとの者に任せて自分はそのままの勢いで坂を走り上ってくる。


「なにか見つかったか?」

 ゆるりとした口調で返しながら立ち上がるバーツに、報告の騎士が駆け寄る。

「まずはこれを」

 両手でもって差し出す物に、アーカンスと二人の部下も輪になるように注視した。


 皮の手袋の掌には朱い、鮮やかな模様の入った染め布が一枚。

「……これは?」

 首をかしげるアーカンスの言葉に、バーツが答えるように繋いだ。

「ノア族の伝統的な文様、だな」


「はい、街道沿いの村で見つけました」

 バーツが布を手に取り、他の者がそれをバーツの肩越しに目を凝らして見る。

「たしかにノア族の集落『サドル・ノア』はこの辺りにあったようです。そして二年前に消滅というのも事実のようです」

 村で仕入れた情報を息せき切って報告する若い兵に、アーカンスが頷いてみせた。


「しかし村の民そのものは生き残っていたようで……こうして商人を介してですが品々が運ばれて来ております」

「うん、たしかにな」

 バーツが顔を上げた。


 ノア族とは、タイレス族と同じ神を信仰する種族なのだが、両者にはあまり交流がない。若い竜騎士たちはその文化の殆どを知らなかった。


「覚えがあるぜ、この赤。ヤツが身に着けていたのと同じ布だ」

 バーツはようやく得た情報に、確信を持った。

 手のひらの布を、知らずと握り締めたその表情は、近い記憶を甦らせてか薄い怒りを含んでいる。その目には、目の前の部下達ではなく、かつての光景が映っていた。


 遠目に見た戦場の、異様な光景を未だ鮮明に記憶している。


――戦場。

 そこは砦。

 雷の鳴り響く、暗い空。

 バーツは仲間と共に、その光景を遠くから見ていた。


 深い濠を挟んで二本の橋だけがつなぐ要塞を、大勢の兵士が取り囲みつつも動けないでいる。彼らの、そしてその場にいた皆の視線の先には一人の若者が立ちふさがる。

 逆光の中に浮かぶ長い髪は紅く燃えて炎に逆巻き、それと同じくらい印象に残るのは腰に巻かれた朱い布。


 感じるのは恐怖というより、理不尽。

 何故、このたった一人の為に大軍が動けないのか、と。


「――レアム・レアド、ですか」

 アーカンスの呟きに、バーツも我に帰る。


「やはり、奴がこの村に居たというのは本当のようですね」

 呟いて流す視線の先には乾いた村の跡。

「この村が消滅えて二年、その後奴が戦場に現れた……。何があったのでしょう?」

「さぁな。それを捜すのが俺らの役割だ」

 腹の中とは裏腹に、興味のなさそうな声音でバーツが言い捨てる。


 その顔をアーカンスが憂いの表情で見つめた。

 たった一人の敵兵の情報を集める為だけに、彼らはこの地に派遣されたのだ。


 レアム・レアドという男は、敵国に雇われた戦士だった。

 だがそれ以前の情報が極端に少なく、誇張された噂だけが一人歩きした、いわば伝説的な戦士だ。


 バーツ始め彼ら若い騎士たちは戦列を離れ、レアム・レアド一人に的を絞った遊撃隊なのである。その行程はまだ始まったばかりで、雲の中を往くかのように当てがない。


「――サドル・ノア族ってぇのは特殊な民族だからな」

 バーツが言葉を切った。

「彼らは独自の文化を守って暮らしていて、他の種族とは関わりを持たない。急に村を棄ててもわからんわけだ」


「とにかく。その村人の生き残りとやらを捜すのが手っ取り早いとみたな。その辺は何かわかったか?」

 輪になる兵たちにバーツが問いかけるも、明確な答えを持つ者はいない。

 そうだろうな、と頷きながらバーツは、崖の方へと足を向けた。


 その背に、先ほど報告した兵士が躊躇しながら言う。

「……これは、関係があるかわかりませんが」

「何でもいいから言ってみろ」

 バーツが振り返る。

「道案内の猟師がいうに、森の中で、その……白い人影を見た、というのです。木々の間をすり抜けて飛び回って……とても人間業とは思えない、なにかだと」


 案の定、怪訝そうな表情を浮かべたバーツに、兵士は慌てて修正する。

「いえ、この件に関係あるかわかりませんが、彼らが怯えていまして」

 猟師の恐怖が伝染したかのような部下の様子に、アーカンスが冷ややかに言う。


「……それは、精霊だとか伝承だとかいう類の、あれか?」

「わ、わかりません。ただ、全身が真っ白だとかで。今までにあんなものは見たことが無く、ここ最近の話だそうで……」

 若い騎士は言葉を繋ぐのに必死だ。

「二年前のこともあって、彼らはこの村と関係があるものだと信じています。それで、ここに来るのは控えるようにしている、とのことで」


「それじゃあ、むしろ亡霊だな」

 アーカンスは先ほどよりは真面目に相槌を打った。

 もちろん本気ではないが。


 バーツは無言でまた背を向けた。

 目の前には切り立った崖。その下は一面の深い森だった。薄いもやの立つ黒い森は、視界の彼方まで続くかと思われた。


「……サドル・ノアの連中は、まず生き残ってどこかに隠れ住んでいる。なのに丸二年もその居場所を誰もが知らない。となると、隠れられるところと言えば限られてくるな」

 独り言のように反芻するバーツの眼差しは、森の奥へと注がれている。霧で黒くけぶった樹木の海は広大だった。


「……まさか、この森を捜すというのでは?」

 アーカンスがいまさらのように、この元上官の無謀な性格に慄いて尋ねる。

 この場にいる一同の声でもあったが、無情にも返って来たのは屈託のない笑みだった。

「当たり前だろ、他に捜すところなんかあったか?」


 普段、生真面目に姿勢を崩すことのないアーカンスが、がっくりと肩を落とした。

 都育ちの彼らにとってこの荒れ地は不慣れな場所だった。なのにこの上まだ道なき道を彷徨って森を探索せねばならないとは……。


 だがバーツが言い出した以上、逆らえないこともアーカンス以下、皆がよく知っていることだった。


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