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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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二十ノ七、鳴動

 村長であるダルデ・サナンは、この日も床についていた。

 先日のバーツの治療により多少の復調はしたものの、いまだ無理は出来ない体である。だがノルド・ブロス帝国の兵が村に入ったと聞いては休んでいられなかった。

 息子たちを呼びつけ、ロロラトたちが向かったという広場へと自分を運ばせた。


 息子に抱えられたダルデが広場まで出てきた時、すでに広場に点在する石の柱は異様な音を立てていた。

 これが夜ならば、その白い石の柱がぼんやりと発光していることに気付いただろう。


「これは……聖域の石柱群が、動いているのか……!」

 弱弱しいながらも驚きの声を上げる。息子たち――すでにそれぞれに壮年であるが、初めて目にする光景に慄くばかりだ。


「ダルデか……」

 レアムは、ダルデが二年前の戦闘で負傷しその後病床にあることを知らない。

 かつての友の痛ましい姿をその瞳に映しはしたが、なんら労わりの言葉をかけるでもなく、石柱へと視線を戻した。


「みな、姿勢を低くしてその場に屈め。何があっても逃げ惑ったりせず、その位置を動くな」

 周囲にいた帝国の兵は戸惑いながらも膝を地面について身を低くし、それを見たダルデはその場に座り、彼を支えていた息子たちも父の傍らで屈んだ。


 地面も微かに白く光って見える。

(これはレアムの防護壁か……ずいぶんと周到に廻らせるものだな)

 魔力の流れの視えるライオネルには、レアムがこの場の人々を守っているのがわかる。ライオネルもまた、レアムの少し後ろで片膝をついて事態を見守る。


 レアムが起動の呪文に取り掛かり、ライオネルはそれを耳を欹てて聞く。

(トリガーも龍族の音か……やはりこの遺跡は――)


 突然。

 視界が傾くほどの衝撃音が響き、続いて地鳴りのような低音が轟き次第にその音量を増していった。地面が揺れ始め、丘の背後の森から鳥たちが一斉に飛び立つ。

 少し離れた村の方にもそれは伝わり、小刻みにゆれる家々の中で村人は悲鳴を上げた。

「この揺れは――」

 村人を監視していた兵らにも動揺が広がる。


 ビリビリと響くギミックの稼動音と揺れの中、ライオネルは片膝をついた姿勢で四方に注意を向けていた。

「入り口を開くだけにしては随分と大掛かりじゃないか。おい、レアム! ちゃんと制御できてるんだろうな?」

 ライオネルがレアムに向かって軽口を投げた時。


 再び衝撃音が響いた。

 丘の手前、緩やかに土が盛り上がった辺りが震え、二度三度と轟く。今度こそ盛土の中から入り口が現れ、扉が開くのかと思われた。

 が。

 見守るライオネルたちの目の前で、巨木がゆっくりと倒れていった。


 丘の表面で土砂が滑り、太い幹を張った木々が動いていく。

 森が二つに割れてゆく。

 そこから土が盛り上がり、その土も流れるように崩れ落ちる。

 何かがせり上がって来るのが見て取れたが、土煙と鳴動そして向かってくる土塊に、ライオネルもたまらず顔を背けて防ぐように片手を上げた。


 土砂の流れは、彼らを飲み込む前に何かに阻まれ、降りそそぐ大小の礫も地面に落ちる前に霧散した。

 事前にレアムが張っていた防護壁が一同を守ったのだが、そのレアムにとってもこれは予想していた以上の激変だった。


 長い年月で堆積した土壌、そこに根を張った植生。

 それがギミックの力で引き裂かれて行く様は、それを起動させたレアムから見ても恐ろしく、痛ましい光景だ。

「……」

 彼らしくなく眉根を寄せ、変異が収まるのを待つ。


 やがて地響きが落ち着いてくると、割れた土くれの間にはっきりとした人工物――門が出現しているのが見て取れた。

 一同がこれで終わったか、とほっと息をついた刹那、またしてもギミックが稼動する。


 伏せている彼らのすぐ近くの地面に異変があった。

 小道のように白く並んでいた石畳が陥没し、土煙が跳ねあがる。

 手前から、墳丘に向かうほどに深くなり、その先にも大穴が開いた。丘に向かって途切れていると思われていた石畳は、長い下り坂となって門の下、大穴の先へと続いていたのである。


 人一人が通れる程度かと思われた門は、全体でみれば巨大な入り口の一部が見えていたに過ぎない。


「巨人の扉……か」

 ライオネルが呟く。

 これは神殿などに使われる建築様式の一つで、とにかく巨大な扉や窓、空間といった物をを作り上げる。神威を表した建築法と言われ聖殿にもその名残があるが、ノア族の文化にはないものだ。

 巨人建築などとも呼ばれるが、そもそもノア族に巨人伝承はない。

(やはり。ノア族とは別者の干渉が、この遺跡にはある)


 遺跡を守り伝えてきたのはサドル・ノア族かも知れないが、彼らはこれらの技術や言語を継承していない――ライオネルは一連の事実をそう再確認した。


 レアム・レアドはというと、まだ小刻みに揺れる石畳に踏み入れ、先ほど開いたスロープの先を確認する。

 外からでは洞窟のような暗さが続くばかりで中は伺えない。

「……ふむ。どうやら、懸念していた『出迎え』は無かったようだな」

 レアムの言葉に、片膝をついたままのライオネルは頷きで返した。


 レアムはギミックを起動させるのあたり、いくつかの戦闘を想定して警戒していた。地下の暗闇で月魔の類が発生している可能性、または遺跡内に仕掛けられた、なんらかの防衛機構の攻撃等、である。


 だが幸いにも、そういった手痛い歓迎には遭わなかったようだ。

 レアムは珍しく安堵の息を吐き、完全にギミックが止まり土砂の崩れが落ち着くまでの間、一同をそこに待機させた。


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