二十ノ六、龍の歌
大陸の南部に位置する森の中に、サドル・ノア族の村がある。
イシュマイルが育った村で、レアム・レアドが十五年身を隠していた場所。
この日、ノルド・ブロス帝国の一団が森を取り囲み、村へと侵入していた。
先頭にあったのはドヴァン砦の守備隊長であるライオネル・アルヘイト。そしてレアム・レアド――かつてはレムと呼ばれていた。
二年前に死んだものと思っていた人物の帰還に村人は驚き、喜んだ。
が、引き連れてきた未知の兵隊と、かつてのレムの面影もない変貌に困惑した。
レアムは見慣れぬノルド・ブロスの衣服を着ている。
その腰には相変わらずノア族の布が巻かれており赤い長髪もそのままではあったが、その冷たい表情や機械的な態度からは温厚だった『レム』の気配が感じられない。
一度は飛び出してきた女子供は家屋に隠れ、男たちも物々しい兵隊たちを前に遠巻きに見ていた。
「これはまた……ずいぶんと警戒されてるじゃないか」
ライオネルがいつもの軽い口調で言う。
「その方がいい」
レアムもいつもの低くつぶやくような声で答える。
「ここから先は安全ではない。ライオネル、お前もそう心積もりして部下を動かせ」
「……」
レアムは一人、村人の前に進む。
村人と、それを囲む兵の中から、ロロラトが進み出てくる。夫であり村長であるダルデ・サナンの代理としてそこに立つ。
「……」
互いにしばらくは言葉がなかった。
ロロラトは真直ぐにレアムの瞳を見つめ、かつての友『レム』の本当の姿を探している。
レアムが先に口を開いた。
「村の人々に無駄な抵抗をさせないよう……。我々の目的は貴女がたの命ではない。貴女がたの、義務だ」
「レム……いえ、ガーディアン・レアム」
ロロラトは様々な言葉を押し殺して、ようやくその呼称を口にした。
「義務、とはなんでしょう。村を守り森を守ることが責務である私たちに、他国の介入を見過ごすことは出来ません」
「――それは、責務ではない。貴女がたの選んだ、生き方だ」
レアムの声は周囲で聞いている兵や村人たちには聞き逃しそうになるほど低く静かだ。
ロロラトはその意味を考えてか沈黙し、レアムのすぐ後ろにいるライオネルは訝しげに二人を見ている。
「……二年前」
レアムは選ぶようにして一つ一つ言葉を繋げる。
「私は貴女がたに、村を棄て聖地に逃げるよう示した。ここならば火の手は及ばず、月魔も侵入してこず――」
「えぇ……確かに、此処は安全でした」
「不思議とそれまでの月魔の猛攻が嘘のように静かな場所で……。此処は村人全員が避難できる十分な広さがあり、確かな水場もあって、私たちはここに移り住むことを決めました」
ロロラトは、辛い記憶を呼び起こしながらも懐かしそうな声で答える。
「此処には侵入者を寄せ付けぬ何かがあって、それでいて村の周囲には安全に行き来出来る道が幾つもあり……のち、私たちは無事に村を再建することができたのです」
「此処は、遺跡の一部なのですね」
ロロラトはあえて昔語りを避け、レアムもそれに頷きで答える。
「その通りだ。此処は巨大な建造物の一部」
レアムは両手で、周囲の地面を指し示すようにして言う。
「手付かずの自然の森に見えるが、この地下には人の手による入り組んだ迷宮がある」
「……私は十五年の間にそれに気付き、これが何なのか調べ、かつ誰もそこに迷い込まぬよう見張っていた」
「……」
「ロロラト、この先のことはノア族にとっても危険である。ここにいる皆の安全を確保するためにも、貴女には協力を求める」
「……はい」
「ライオネル。お前もだ」
レアムは、後ろに居て他人事のように聞いているライオネルにも再度念を押した。
「場所を変えよう。私が用があるのはここではない」
レアムは、村の奥にある広場に行くよう促す。
広場は、以前の村にあったような拓けた広場とは違い、背後に小高い丘を頂いている。
白い石柱が対となって並び、丘に導くように白い石畳の道の跡がある。
ドロワの街もそうだったが、この辺りの山岳にはこのような白くて滑らかな岩がよく目に付く。
「外から見た限りでは墳丘に見えるな」
ライオネルが、興味有り気に丘を見上げて言う。
たしかに高く盛り上がった土や周囲の石畳の跡は、何者かの墳墓にも見える。
ライオネルはドヴァン砦の守備隊長という肩書きで動いているが、もとは言語学の研究者である。ノア族の古い文化にも興味が強く、それがイーステンの森への執着の元となっている。
ようやく目にした構造物らしき地形を前に、気が逸るというものだ。
「ここが入り口のようだが。この大量の土と植物をどうする」
墳丘といったその口で、直後にそれを暴く発言に躊躇がない。
「……ギミックを使う」
レアムは、いつになく平静でないライオネルを冷ややかに見て言う。
「ギミック稼動の際は広範囲にその影響が出る。用心させろ」
「あぁ」
ライオネルは返事はしたものの、レアムが何をしようとしているのかまでは知らされていない。少し下がって成り行きを見ている。
レアムは石柱の間を行き来し、一本一本の柱に手を触れていく。
触れながら何かを呟き、すでに朽ちて倒れた柱の前では立ち止まって二本指でもって空を結ぶ。また足を進めると、低い呟きを繰り返す。
ロロラトや兵士たちには聞き取れなかったが、それはギミックを起動させる呪文の類と思われ、つまりレアムはこの遺跡のギミックを起動させようとしているのだ。
「まさか……この遺跡、ギミックが仕込まれてるのか? しかし何故――」
ライオネルは気付く。
ノルド・ブロス帝国でジェム・ギミックが開発されたのは、この百年内である。
それ以前は聖殿など、ごく限られた者だけが行使できる『秘儀』であった。
そう、彼らは一から作ったのではなく、模倣した。
過去の遺物から――。
皇帝アウローラの指示により、ローゼライトなどの研究者がその研究・開発に従事した。解放されたジェム・ギミックの技術は、瞬く間に大陸全土に普及した。
時は大災厄とその後の神官戦争後の混乱期。
多くの技術がその復興のために使われ、それ以降の生活をも一変させた。
此処もまた模倣の対象となった遺跡の一つなのであろうか? だがライオネルの知り限り、ジェム・ギミックの遺跡が帝国外にもあるなどと、にわかには信じ難い。
一瞬思考に浸っていたライオネルは、レアムの唱える呪文が平素耳にするそれとは違うことに気付く。
(この音階――竜……いや、龍族の言語か!)
ただの言語ではない、ギミックに共鳴し発動させる呪文である。
(サドル・ノア族にこれほど高度な技術が? いや……それにしては)
ライオネルは思い出していた。村に入った時の村人たちの対応を。
(イーステンはノア族の遺跡でありながら、ここのノア族はそれについてあまりに無知だ……もしや彼らは――)
「遺跡の守り人――ガーディアンに過ぎない……のか」
ライオネルは一人、仮説を立てて考える。
ライオネル自身、ノルド・ノア族としてある程度の知識と解釈がある。予てから抱いていた幾つかの疑問がここにきて繋がっていき、ライオネルの中で、一つの俯瞰図が組みあがっていった。
だが、今はまだそれを口にはしない。
ただギミックを操作するレアムの姿を見守っているだけだ。