二十ノ四、サイラス
「いかがですかな。我々は君を戦力として歓迎するものであるが、君はまだ我々に尋ねたいことがあるようだ。この際、問題の種は始まる前から取り除いておきましょう」
サイラスは芝居がかった身振りでそう促したが、アーカンスが何を言おうとしているかは予想がついている。
「では……」
アーカンスも遠慮や躊躇は一切しなかった。
「では一点だけ……。イシュマイル少年の一件、保留して頂きたい」
保留という言葉を使ったのは、撤回を求めても無理だとわかっているからだ。
また、バーツの名を出さなかったのは、身内贔屓だと受け取られた場合に逆効果であると考えたからだ。バーツならば相手が騎士団程度なら逃げおおせるだろうとも踏んでいる。
「仮にも聖殿騎士ともあろう者が年端のいかぬ子供の命を狙うなど……信義にもとります。どうか」
「年端のいかぬ、と言うが……その躊躇している時間こそが彼をより脅威たらしめるのですぞ」
サイラスは再び書類の束を開き、とあるページを見つけるとその一文を読み上げた。
「星読みによれば、ウエス・トール王国で生まれたその子は、吉凶併せ持つ。その輝きは、凶星であるタナトス・アルヘイトにも伍するとのこと」
「星読み?」
アーカンスはここにきて不快感を露にした。
「星、とは太陽……つまりは太陽からの指令、との比喩でしょうか?」
今度はサイラスが怒りに眉を上げ、アレイスが片手でこれを制した。
「言葉に気をつけたまえ」
アーカンスにしてみれば、今ここで星読みの結果を聞かれたとて話をはぐらかされたとしか感じなかった。けれどサイラスには星読みとは神聖な宣託なのである。御神託に皮肉で返されては聞き流せるわけもない。
三人の中では一番温厚に見えたサイラスであるが、どうやら逆鱗に触れた時に厄介なのはサイラスのようだ。アレイスの手馴れた扱いからそれが伺えた。
アレイスはサイラスを数歩下げさせ、アーカンスに言う。
「我々が危惧しているのは、師弟であり親子同然の奴らが組して立ちはだかることだ。レアム・レアドという勢力をこれ以上大きくしてはならん」
「組する……とは、イシュマイル君とレアム・レアドが合流して協力しあう、と?」
アレイスは頷いたが、アーカンスはしばし唖然と沈黙した。
「……ありえませんね」
よくやく言葉を繋いだ。
「私はレアム・レアドのことはよく知りませんが……イシュマイル君とは数日共にありました。自立心が強く、負けん気も強い聡明な少年です」
そしていつかの言葉を繰り返す。
「イシュマイル君はいずれレアム・レアドに真正面から挑むことになると思います」
「……根拠は?」
「その生い立ちです。父と子がいつか凌ぎ合うように……イシュマイルはレアム・レアドを打ち負かし、追い越すまで何度でも挑むと思います」
「……」
今度はアレイスが思う所があるのか、黙り込む。
「――ならばアーカンス・ルトワ、君が我々を納得させてみてください」
平静を取り戻したサイラスが、アーカンスとそしてアレイスに提案した。
「納得、とは?」
「我らは今すぐにでも第二第三の刺客を送る準備がある。それを思い留まらせるだけの説得力が欲しい」
サイラスは、アレイスにも語りかけた。
「じつのところ、わたしも先日の暗殺失敗で思う所があるのです」
「なにかね、サイラス」
「わたしが今回のルトワ殿の移籍に賛成した理由のひとつです。我々には現状、間接的な情報しかなく行動にも制限がありますから、今回の様な急場に対応しきれません」
「なるほど」
「わたしは作戦を立てるにあたり、彼らとの直接の繋がりが欲しい――いいえ、彼らを理解し利用出来るのであれば、生かしておくこともやぶさかではない……むしろレアム・レアドにぶつける戦力としては、その方が好都合です」
アレイスは否定も肯定もせず、聞いている。
あくまでアーカンスの言うイシュマイルとレアム・レアドが対立するという仮定を信じた上で、これに基づいた計画になる。
常識で考えれば、見込みの薄い賭けに見える。
「いかがです、取引してみませんか?」
アレイスの沈黙を肯定と受け取ったサイラスは、アーカンスに向き直りなおも言い含めた。
「宜しいですか? イシュマイル・ローティアスという存在は今は安全に見えるかも知れませんが時間的制約があります。それも急激に変化するであろう危険因子です。それでも彼が悪害でないというのなら――」
「どうです、我らを安心させていただけませんか?」
「……安心?」
「そう、わたしたちが安心して他の務めを成せるよう、この一件は君がコントロールしてみせてください」
「……」
無理難題をわざと押し付けてきている、アーカンスならずともそう感じた。
「なに、独りでとはいいません。遊撃隊と同規模の部下をつけると言いましたでしょう。レアム・レアドに関しては我々にとっても監視対象です。バーツもしかり……。君のこれまでの行動とそう変わらないと思っていい」
アレイスが横から釘を刺した。
「これ、サイラス。我々は第三騎士団とは違うのだ。自由に部隊を動き回らせる権限はない」
「……そこは、それ方便で」
サイラスには何か考えがあるようだ。
「アレイス殿。わたしはね、アーカンス・ルトワのような人材を使いこなしてみたいと常々思っていたのですよ。第四騎士団はあまりに清廉過ぎる……」
「……」
「わたしはアレイス殿のような敬虔な信徒には成り得ないが、それ故に忠誠心は本物だと信じて下さい。人にはそれぞれに役目というものがあるのです」
アレイスは返答はせず、根負けしたように薄い笑みを浮かべた。