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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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二十ノ三、鉄の掟

 第四騎士団の幹部三人を前に、アーカンスは自身の混乱を鎮めようと言葉を探した。


「で、ですが……バーツはともかく、年端もいかぬ少年まで……何故」

 そう、イシュマイルのことだ。

 そもそもイシュマイルについて、第四騎士団が何を把握しているというのか。


 アレイスは沈黙し、サイラスが代わってアーカンスと話している。

「異端者に年齢は関係ありません。存在そのものが許されておらぬからです」

「し、しかし……いや、異端とはどういうことです。ノア族として育てられたことがですか? だがあれには事情が――」

「君がかつて所属していた遊撃隊の報告には、嘘がありますね」

 はっとアーカンスは言葉に詰まる。


「僭越ながら調べさせて貰いました。それによると我らの押さえている情報と、君達の報告には矛盾がある。そしておそらく、君はそれが何かを知っています」

 サイラスは書類の束をトン、と叩いて厳しい声音になる。

「わたしたちが君に興味を持ち、異例の移籍を認めたのもそのためです」

「それ、は」

「――まずはレアム・レアドについてです」


 沈黙のまま座っていたアレイスが腕を組みなおして身を乗り出す。ようやく興味のある話になった、という様子だ。

 一方のエリファスはというと、ほぼ役目は終わったので掴まれた首を撫でながら興味無さそうにそっぽを向いている。


「我々には、はたしてレアム・レアドに反逆の意図が有るや無しや、その点を見極めばならぬ義務があります」

 サイラスは相変わらず書類の束をゆらゆらと動かして話している。

 その紙切れの束すべてが、アーカンスたち遊撃隊に絡む案件の報告書や資料の類であると思われ、異様な執念と情報力に身震いする。


「まず、我々はドヴァン砦での一戦に注目しました」

 サイラスは時系列に沿って説明する。


 領地外での戦闘行動には、監察役の評議会吏員が派遣される。

 第三騎士団とドロワの黒騎士団がドヴァン砦を攻めた戦闘も例外ではなく、詳細かつ執拗な報告が議会に上げられており、のちの賞罰の原拠となる。


 アレイスたち第四騎士団は当初はガーディアン・レアムという存在に注目し、その行動と忠誠心を計るべくこれを追っていた。第三騎士団や遊撃隊から上がってくる報告にも注視しており、その過程でバーツの逸脱した行動に気付く。

 同時に、イシュマイルという存在の特異性に早くから目を付けていた。


 そしてアレイスは、彼だけが持ち得る『特殊な情報源』からイシュマイルについての詳細を入手するに至り、その内容はバーツたちが辿り着く遥か前、報告にも上がって来ていない真実すら含まれている。


「ことは十五年前のドロワから始まります」

 サイラスはつらつらと事のあらましを説明していく。


「ガーディアン・ウォーラスがレアム・レアドに託した役目は本来……ウエス・トール王国にて件の子供を受け取り、ドロワに連れ帰るか、エルシオンに護送するか、若しくはその場で始末するか……が適切な対応でありました。しかしその一切が成されておらず、経過の報告ない。由々しきことであります」


 そんなことまで知っているのか、とアーカンスは驚いた。

 アーカンス自身、この件の詳細についてはバーツの大雑把な説明のせいもあって明確に知っているわけではない。

「……ガーディアンが、子供を始末するとは?」

 アーカンスの方からサイラスに問いを投げた。


「前例がないわけではない」

 サイラスでなく、アレイスが同じ言葉を繰り返して答えた。

「ガーディアンとは『適合者』と呼ばれる存在を見出し、育てることで後継者を持つが、適合者の中には能力的には問題なくとも資質として向かぬ者がいる。……かような者を見逃しては危険極まりない、故に早期に排除するのが義務なのだが――」


「レアム・レアドはその罪を犯した……いや、やつ自身がそうやって現れたガーディアンである。今のドヴァン砦を、聖レミオール市国を見れば明らかであろう」

「……な、なるほど」

 アーカンスの脳裏に、ドヴァン砦でのレアム・レアドの縦横無尽な戦いぶりが蘇る。


「しかし、そのお話ですとイシュマイル少年をも排除の対象とするのは、その、行き過ぎというものでは?」

 アーカンスにはまだ納得いかない部分が多々ある。

 少なくともイシュマイルを近くで見てきた者として、その資質や性格に問題があるとは思えなかった。

「――ノア族として育てられ、タイレス族の義務や儀式を怠ってきたからですか? それともレアム・レアドとの繋がりが深いから? バーツと行動をともにしているから?」


 アレイス、そしてサイラスもこの問いには答えなかった。

 ただ薄い微笑みとともに首を横に振ってみせ、アーカンスにはその真意がわからない。

「ならば重ねてお尋ねしますが……それで彼が異端であり罪であると仰るなら、彼やバーツと行動を共にしていた私や遊撃隊、共謀していた第三騎士団も討伐の対象であるのでは?」

「それはない。安心するが良い」

 急に微笑みを見せたアレイスは、子供に諭すように口調を変えた。


「そなたやジグラッド殿が多少の細工を加えた報告書を提出しようとも、その理由と経緯は容易に想像出来るものであるし、我々はその罪を糾弾する立場にはない」

 見抜けぬ嘘はないぞ、と釘を刺し。

「そなたがそういう類の人間であるということは覚えておくが……今我々の成すべきこと、求める事柄では処罰ではない――そなたは第四騎士団の騎士として心替えさえしてくれれば、それで良いのだ」

「……」

「我らの使命はあくまでエルシオンに忠実であること、そしてこれは地上世界の軽微たる問題である」


「なに、第三騎士団の微妙な立ち場は我らも把握している。評議会の度を越した干渉に対しては我らも常々憤慨しておるし、ジグラッド殿の采配には理解をもって支援することも、常日頃より視野に入れている」

 アレイスはようやく、軍団長としての立ち位置を口にした。

「そなたや、そなたの古巣とは敵対はせぬ。安心したまえ」

「……」

 アーカンスは黙って顎を引くようにして頭を下げる。


 第四騎士団の幹部たちは、アーカンスの裏も表も把握した上で部下に加えると示してきた。

 しかしアーカンスにしてみれば、軍団への忠誠を誓う前にどうしても納得できない部分がある。


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