二十ノ二、聖なる鎖
待ちわびたようにエリファスが直立の姿勢を崩し、抜剣とともにアーカンスに襲い掛かった。
すでに警戒していたアーカンスは咄嗟に後ろの飛び退き、身を守らんと腰に手をやり武器を確認した。その動きはイシュマイルの癖がうつったかのようだったが、あいにくとその身に武器はない。
すかさず壁ににじり寄って椅子の背を掴む。
そして気付く。
重い木で作られた椅子も、机も、金具で床に固定されていることに。
(鎖……っ?)
さらによく見れば、椅子には金具と硬い皮で作られた奇妙な付属品が付いている。手枷か、あるいは拘束具の類か。
この部屋は尋問(拷問)あるいは反省という名の体罰にでも使われているのか。
アーカンスは一瞬アレイスに憎悪の篭った視線をやり、続けて攻撃を仕掛けてきたエリファスをも睨み返して態を躱した。
室内は大人が逃げ回るほどには広くなく、調度品と金具が足の動きを阻む。
アーカンスは、エリファスの放った正面からの突きを避けるとその腕を両手で取り、剣先を背後の壁へと突き刺して動きを止めさせた。
「――この剣! 私はこれをドロワで見た! やはり貴方がたのものだったか!」
エリファスの腕を極めたまま、肩を、喉元を掴み返すとアーカンスは彼らしくない怒声を上げる。
アレイスは聖人を真似たような作り笑いのまま成り行きを眺めている。サイラスも全くの平静でアーカンスを見ている。
目の前のエリファスを見れば掴まれて呼吸が詰まったか、それまでの無表情で端正な顔立ちを狂気の愉悦に歪ませた。深く、吸い込まれそうな瞳の色は張り付いたように昏い。
(……この男、サディストか……!)
ぞくりとした。理不尽な攻撃に怒りと恐怖感が綯い交ぜになる。
「……何故だ」
エリファスを睨みながら、問いはアレイスに向けている。
「何故、同胞であるドロワ市民を攻撃した……なぜ、自分の部下を化け物に変えた?」
「なぜ私をここへ呼んだ! この男に、私を切り刻ませるためかっ?」
張り上げた声の大きさはアーカンスのこれまでの怒りの強さを示している。
「答えろ! これが……こんな卑劣が第四騎士団の姿か!」
怒りの源はもはや真実を知ったことでも、危害を加えられたことでもない。同じ街の同じ拝殿騎士の奇行に正気を疑い、絶望を感じたからだ。
サイラスが、ほぅ、と感心したように小さく声にする。
ようやくアレイスも作り笑いを収め、片手を上げて合図をする。
「……エリファス、おやめ」
エリファスはアレイスに一瞥をくれ、歪んだ笑みを収めた。不服そうな、あるいは「つまらない」と言いたげな表情でアーカンスに頭を振って『離せ』と要求した。
アーカンスはなおもエリファスの利き腕を離さなかったが、エリファスはしぶしぶと臨戦態勢を解き、反撃しようと握っていた拳を下ろす。
「一つ。誤解を解いておくとしよう」
見世物が終わり、アレイスは自分の椅子へと腰を下ろした。
「そなたは今化け物といったが、その一件に私は関与していない」
サイラスが言葉を補足する。
「確かに我々はドロワの街に刺客を差し向けました。が、ドロワ市民を狙ったものではありません。まして彼らを捨て駒にした記憶もありません」
「……」
「むしろ彼らの死の真相を君に詳しく訊きたいと思っています」
アーカンスはようやくエリファスの腕を放し、この危なっかしい男から離れた。アレイスを信じるならば、それ以外は肯定したということだ。
アーカンスは服装を正し、しかし疑いの表情のままで向き直る。
「真相……」
アーカンスはサイラスの言葉にいくつかの引っかかりを感じた。
「刺客、と仰いましたか。では誰を狙ったんです? 市民でないのならドロワの要人? それとも、第三騎士団の誰かとでも?」
半ば皮肉のつもりで言った言葉だが、その答えは予想の外だった。
「――ガーディアン・バーツ」
呼吸が止まるかと思うほど驚いた。
「そして、イシュマイル・ローティアス」
「……な……っ」
「何故ですっ!」
アレイスの机に両の手を叩き付けるようにして、アーカンスは問い詰めた。
「味方ではないですか! ガーディアン、まして一人は少年ですよ!」
アレイスは答えず、作り笑いこそ止めたが腰掛けたままの姿勢で平然としている。
サイラスが代わりに返答する。
「前例がないわけではありません。掟を逸脱したガーディアンは月魔と同じ、討伐の命が下るのです」
「月魔……月魔と、同じ?」
「バ……いえ、ガーディアン・バーツにそれが降りたと仰るのです?」
鷹揚に首を横に振るアレイス、他の二人はそれぞれ目を閉じてアレイスの反応を肯定する。
「では貴方がたの独断か。そんな越権が赦されるとでも?」
「越権ではない、義務である」
アレイスは平然と言ってのけた。
「……罪状はなんだというのです」
「重篤なる命令違反」
「……」
「彼は騎士であった当時から規律を甚だしく乱し、冒涜する行為を繰り返していた。ガーディアンになった今、改まるどころかさらに危険な領域に踏み込む可能性が出てきた」
思い当たる節がないわけでもない。しかし――。
「か、可能性だけで排除を? しかもその役目が第四騎士団に? 聖殿騎士がガーディアンを排除するなど、有りえますか」
「――逆です。聖殿騎士団であるから、です」
サイラスが横から事務的に返す。
「本来、聖殿騎士団は聖殿に直属し、これを守るを第一とします。次に勢力下にある民草を守護、その秩序を正す存在でもあります」
「しかしエルシオンに災いをもたらすと判断した場合、その対処を何よりも優先しなければなりません」
「……」
「直近のガーディアンに不穏な分子があれば、これを取り除く義務も戦力も、有するのが我々聖殿騎士団なのです」
言葉を失うアーカンスに、アレイスが畳み掛けた。
「我ら第四騎士団は、この本来の姿に最も近い行動を許され、求められてる。今回の件もその一環であり、特別なことは何も無い」
「我々こそが並み居る聖殿騎士団の中でも特にエルシオンに近い所にあるといえよう。そう、我ら第四騎士団こそが――」
アーカンスは、この聖人を気取った軍団長の中に狂信者の影をみる。
(これが……神聖派……)
予想以上に、深い沼に足を取られている自分を知り戦慄する。