二十ノ一、偽りの貌(かたち)
第二部 諸国巡り
二十、白き防壁
――ファーナム市。
アーカンス・ルトワはファーナム聖殿騎士団、第四騎士団の官舎に居た。
第三騎士団にいた頃はこの第四という謎の集団をよくは知らず、気にも留めていなかった。今はその中枢部にて、上官に面通しする為にここに居る。
第四騎士団のカラーは白銀、白である。
今しがた支給された白基調の制服は袖を通してもやはり慣れず、アーカンスは普段じっくりと見ることはない鏡の中の自分を確かめる。
他の聖殿騎士と異なり、第四騎士団はファーナム聖殿内にその拠点を持つ。制服の色調も相まって祭祀官とはまた違った聖職の雰囲気がある。
半ば自棄になって両手でもって前髪をかき上げた時、ふと鏡の中に兄達の姿を見た気がした。
(似てきたな……)
兄達、その双子のうちアーウィンかアルウィスどちらともつかないが、自分の知らない自分の顔だとも感じる。一人は剛毅であり一人は怜悧である。
二人の兄にあやかって、そのまま前髪を上げてしまうことにした。
前髪を上げ顔をさらす髪型は自信がないと出来ないものだ。
見慣れぬ白の制服がこの髪型だと馴染んで見え、アーカンスはこれは変装だからと自分に言い聞かせてもいた。
(こんな顔をしていたか?)
そう自分でも思うほど、厳しい表情だった。
もう一度襟元を締め直すと腹を括り、上官のいるであろう執務室に向かった。
(第三騎士団のことはしばし忘れよう)
十八歳で入団して以降、全ての時間を第三騎士団で過ごしてきたこと。
今、第三騎士団はドヴァン砦奪還の任に当たっていること。
そして直前まで受け持っていた遊撃隊隊長という役目は、レアム・レアドというガーディアンに関する調査を行ってきた。
(バーツ隊長、いやガーディアン・バーツと共に――)
その全てをひと時忘れよう。
自分は家長アカルテル・ハル・ルトワの画策により、第四騎士団に鞍替えしたのだから。
しかし何故、今?
それは何の為に?
(それも考えるな。第四騎士団という組織が何者であるか知るのが先だ)
何故ドロワ市で第四騎士団の剣が見つかったのか。
――それも後だ。
今はただの新米の一兵卒として新たな上官に会うだけだ。
扉が開く重い音が響く。
衛兵が室内に向けて名を読み上げ、アーカンスは促されるままに一歩入室して敬礼する。
「アーカンス・ルトワ、只今着任致しました」
騎士団長と思わしき中央の人物が鷹揚に頷くと、アーカンスの左右にいた二人が退室し、扉が静かに閉められる。
室内にはアーカンスと執務机を挟んで、三人の騎士がいる。
中央の男が言う。
「私はファーナム聖殿第四騎士団長であるベルセウス・アレイスである。……そなたのこれまでの功績と人物評は聞き及んでいる。第四騎士団はそなたを歓迎しよう」
アレイスは広いデスク越しに片手を差し出す仕草で言い、アーカンスも畏まってこれに応えた。
アレイスも、ジグラッドと同じく立派な髭を蓄えていたがジグラッドのような豪快さはなく、祭祀官にも似た物腰の柔らかさを感じさせる。白銀の軍服が聖人の衣のようにも見え、それでいて妙に似合っているのが不思議に感じる人物だった。
アレイス団長の傍らにいた一人がコホン、と気取った咳払いをする。
「わたしは相談役のサイラス・シュドラ、以後お見知りおきを……こちらはエリファス・ラグレー」
三人の中で一番年長らしきサイラスがそう名乗り、エリファスと紹介された若い男は軽く顎を引いた。
サイラスは聖殿騎士としては高齢に見える。小柄で、言葉も独特の言い回しだった。
対するエリファスはアーカンスと同世代ほどに見え、騎士団の幹部としては若すぎると思われた。また聖殿騎士には珍しく長髪を後ろに纏めており、研ぎ澄まされたような気配がどこかシオンを思い出させた。
「……ふむ。良い顔立ちだな」
アレイスが口元に柔和な作り笑いを浮かべる。
昨日までと違い、白銀の装備に身を包み前髪を上げたアーカンスは、なおも厳しい表情でアレイスと対峙している。
大抵の新人はここで緊張からか硬い表情になるのだが、アーカンスは不遜にも上官の、第四騎士団の正体を見抜かんとしてか目を逸らさずにいる。
「さすが実戦経験だけは豊富な第三騎士団出身であるな」
アーカンスが僅かに眉を動かしたのは侮辱を受けたからではなく、アレイスの瞳に何の感情もないことに気付いたからだ。
「信仰と秩序の守護者たる第四騎士団であるが、若い騎士が生身の生き死にを実感出来る機会は少なくなった……それ故にそなたの指導力には期待している」
「……」
「そなたには遊撃隊と同規模の小隊を任せたい。……異存は?」
そしてアーカンスの返答を待たずに傍らの男に視線を向ける。
「エリファス?」
エリファスは答えず、代わりに腰の剣に手を置いたのをアーカンスは見ていた。
サイラスが横から口を挟む。
「団長、まずはルトワ殿の腹の内を尋ねるとしましょう」
サイラスは後ろ手に持っていた書類の束を開き、ぱらぱらとめくった。
「クライサー・ルトワが『神聖派』に転向してから日が浅い。にもかかわらず一族の騎士を処罰の対象から外し、転属させることが出来る程度には顔が利く。加えて、その騎士は第三騎士団の中でも際立って異質な活動を許されていた存在だ」
「我々は、君やクライサーの暗い企みに関しては目を瞑るでしょう。我々もまた君を利用する用意はある」
そしてパタンと書類を閉じた。
「しかし信仰と忠誠に関しては別です。君を試してみたいが宜しいかな?」
サイラスは優しく尋ねる口調で問うたが、否の答えが許されるはずがない。