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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十九ノ十、月の夜

 イシュマイルとロナウズがバルコニーで話していた頃。

 その様子を廊下の窓から見ていた人影がある。

――ラナドールだ。

 その姿をバーツが見つけた。イシュマイルが部屋に居ないことに気付き探しに出てきた所である。


 ラナドールは彼女らしからぬ憂い顔で、バルコニーの二人に声をかけるでもなく廊下に立ち竦んでいる。それは昼間、アリステラ聖殿の前でイシュマイルの背を見送った時に見せた表情でもある。

「……何か気になることでも?」

 バーツはラナドールの横に立ち、バルコニーに視線をやる。


 ロナウズとイシュマイルが、手摺りに手を置いて並んで話している。

 その内容までは聞き取れないが、込み入った内容であるらしいのは伝わってくる。

「不思議ね」

 ラナドールは静かに呟いた。

「まるで、本当の親子みたい」

「……」

 ラナドールの寂しげな声音の意味を、バーツは全て汲み取ったわけではない。

 もとより女性を慰めるなどという気の利いたことは出来ない性分だったが、これだけは口にした。

「ちげぇよ……あれは、ハロルドの話をしてるんだ」

 いつも通りのぶっきら棒な言い回しだった。


 バーツも口にはしないが感じていた。

 ドロワ市に最初に入った夜、ロビーで出会った時からイシュマイルとロナウズには何か他にない絆のような繋がりがあることを。

 その一つがハロルドという存在であることも。

「……そうね。でもロナウズが――」

 バーツの気遣いに応えようとしてか、ラナドールは僅かに微笑みを浮かべる。

「ハロルドの話をするのは、とても珍しいことなのよ?」

 そうだろうな、とバーツも内心そう思う。


「俺の見立てなんだが」

 バーツは、ラナドールの為だけではなく持論を口にする。

「あれもイシュマイルの能力の一つなのかもな。アイスのと似た力だ」

「ちから?」

「あいつは時々ガードの固い大人相手でも口を割らせることがあってな。たぶん同調シンクロさせる方の力が働いたんだろうが」


 ラナドールはガーディアンであるアイスを知らない。

 その能力とやらが今のケースに当てはまるとは思えなかったが、バーツなりの気遣いは感じている。

「彼に有効だなんて、相当な能力者なのねあの子」

「あぁ。地味な能力だが、とても重要だ」


 ラナドールはふっと笑みを零した。

 バーツのどこがずれた考え方や拙い物言いは昔のままだ。バーツ自身は覚えていなくてもラナドールにとっては懐かしく大切なノア族の里での思い出、その一つなのである。

(ノア族の女なら、一度はこの横顔に惹かれるのでしょうね)

 ふとそんなことを考える。


 ロナウズとは心を通わせるまでに数年を要した。

 望まぬ政略結婚であり、両者とも何かと口うるさい外野の声に晒されてきた。

 今でも完全に打ち解けたとは言えず、いくつかの棘は残ったままだ。自分がノア族であることや、ハロルドの問題などが横たわり続ける関係に疑問が沸かなかったわけではない。


 だがバーツには、そんな気負いもなく親しみを感じることが出来た。

 懐かしさも手伝ってその会話も弾んだし、自分が助力できる役に立てるという実感を持つことも許される。

 だが言葉を交わしていくうちにその奥深い所に隠れる怯えた心に触れ、頼りそうになる心にブレーキがかかるだろうことも予感した。

(優しすぎるのね……)

 その根にはバーツ自身の弱さが見え隠れする。

 ラナドールは、バーツの本質をそう捉えた。


 乱暴な言動で粗野に振舞ってみても、隠しようのない傷がある。

 それでも強者に挑み弱者に寄り添うことが出来るのは、心に一つの柱があるからだろう。聖殿騎士としてガーディアンとして必要な気質であり、過ぎれば破滅をもたらす弱点にも成り得る。

 そんな危うさも含めて、好ましいと心密かに思う。


 世間ではラナドールと、港の美女サグレスを比較して囃し立てる風潮がある。

 華やかで開放的なサグレスを太陽と謳う一方で、黒いドレスを纏った古風な淑女を演じるラナドールを月と見立て、何かというと対比させた。

 だが実際にはラナドールはアリステラ貴族の社交界に新しい風を吹き込み、何度も街の流行を先導したリーダーでもある。


(古風でもなければ慎ましくもないわ)

 自分ではそう思って世間の風向きなどあてにならないと感じている。同時にお堅く古いタイプのロナウズこそ自分の対極にあるとも思う。

 何がロナウズの心を頑なにしているのかも――。


 そして今、イシュマイルという存在は、忘れたと思っていたいくつもの気掛かりを容易に揺るがせに来るほど大きい。


「エルシオンのお導き……」

 ラナドールはいつもの言葉をまた口にした。

バーツがどういう意味か?といった顔で振り返る。

「いえ、違うわ。そうじゃない」

 ラナドールは自分の心を叱るように否定する。


「必要があるから惹き合う……でも選び取るのは本人の意思なの」

「……」

 バーツはラナドールの顔をまじまじと見る。

 言葉の意味は曖昧なままだが、先ほどまでの悲しげに悩んでいた様子は今は見られない。

「オヴェス・ノア族の矜持だな」

「えぇ」


 恐らくバーツは今のラナドールの女心は理解していないだろう。ラナドール自身はそれでいいと思っている。

 バーツは適度にいいタイミングで現れてほどほどの会話で和ませ、肝心な部分には察しがないのかまるで言い及ばない。その気軽さが、今のラナドールにはちょうど良い。


(だからタイレス族の女性にはモテなかったのね)

 ラナドールは口元に手を当てて含むように笑ったが、その意味も恐らくバーツ本人には伝わっていない。 


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