二ノ八、出撃命令
「どういうことだ」
バーツはもう一度、アーカンスに問う。
その間にもアーカンスの肩越しに、遊撃隊の隊員が廊下を行き来して準備している様子が見える。
「昼間、ロナウズ殿がおっしゃっていたでしょう? ドロワの評議会を探る、と」
「あぁ」
「それで出てきたんです、議会が握りつぶしていた命令書が」
紙の上の話しか、とバーツは悪態をつく。
アーカンスが続けた。
「それによると、ドロワの第二騎士団に続いて、ファーナムの第三騎士団がドヴァン砦に向かうとあります。この命令書が事実なら、すでに第三騎士団は出撃していると思われます」
距離を考えれば第三騎士団は数日前にファーナムを出立していることになる。
その一切の知らせが届いていないということでもあり、これは鵜呑みにすべきか判断に迷うところだった。
そして、思う。
ドロワが遮断していた情報は、果たしてこれなのだろうか? と――。
バーツがふと気付く。
「……ドロワの、第二騎士団?」
そして訝しむ。
「妙だな? ロナウズの話じゃあ、ドロワはレミオールを刺激したくないんじゃなかったっけ?」
「それに第二騎士団っていやぁ確か……」
ドロワに詳しいバーツは、その先の言葉を言わなかった。
アーカンスは指摘されてから、ロナウズの話を思い出した。
「さ、さぁ……仔細はわかりませんが」
「ただ、上から出ろと言われれば、出るのが我々ですから」
アーカンスは続けた。
「そして先ほど、ロナウズ殿から知らせが来ました。街道を警備していた部隊がドロワの第二騎士団を通過させたと」
「さっきか?」
「時間差を考えれば、数時間前、といったところでしょうか。とにかく、団長は我々が後詰に来ると算段しているはずです」
バーツは苦々しく舌打ちする。
この場合、最もアテにされているのはバーツの戦闘力だった。
ドロワはおそらく、ガーディアンであるバーツをドヴァン砦に行かせたくないのだろう。
「ロナウズの迅速な対応に感謝……だな。よし、速攻出発。何が何でも間に合わせるぞ」
「はっ」
アーカンスはさっと身を翻して自室に向かった。
バーツはアーカンスの背を見送った後、自室の扉を開いた。
目の前に、イシュマイルがいた。
「……お前」
起きてたのか、と問う前にイシュマイルが言う。
「僕も行く。連れていけ」
バーツはイシュマイルを部屋に押し戻すようにして、室内に入った。
「お前は、ここで待ってろ」
「バーツ!」
「駄目だ!」
バーツは部屋の奥へ行き、イシュマイルのベッドに前を塞がれているクローゼットを開いて、軍装を取り出した。
「俺たちは戦場行くんだ。お前の出る幕じゃねぇよ」
「なんでだよ! そのために僕を村から連れ出したんじゃないのっ?」
「……違う。俺は、お前を戦に利用しねぇよ」
答えるバーツの声は、低い。
本音を言うなら、バーツはイシュマイルを村から出したものの、このまま遊撃隊と共に連れ歩いていいのか迷っていた。ドヴァン砦の件は、どう転んでもイシュマイルに不幸をもたらすとしか思えない。
けれど、他にレアム・レアドに立ち向かえる手札がない。
突破口を掴むつもりで目の前の札を手にしたが、その使い方すらわからない。それは結局、イシュマイルを戦に利用するということでもある。
バーツ自身が、自分の行動に矛盾を感じているために、当のイシュマイル本人に核心を突かれると明確に答えられなかった。
未だに、イシュマイルの件をファーナムにどう報告すべきか迷っている。
けれどイシュマイルはそんなバーツの思いなど知らず、食い下がった。
「じゃあどうしてさ?」
こういう時、イシュマイルは妙に舌が回るタイプらしい。
「バーツの師匠に会わせるって話? ……いつになるかもわからないのに、僕は目的もなくこうしているしかないの?」
「時間をかければ余計事態は悪くなるのじゃないの?」
「時間のねぇ時に喚くなっ!」
気の立っている時に矢継ぎ早に詰問されて、バーツはサーコートをベッドの上に投げつけた。
「命の保障なんざできねぇから言ってるんだ! ――いいか? お前の目的はレアム・レアドかも知れねぇが、向こうはこっちの顔なんざいちいち見えてねぇんだよ! 奴は今、敵の大将なんだぞ!」
そしてイシュマイルを指差して言う。
「てめぇ、奴にもろとも殺されてぇのか!」
「――っ」
イシュマイルは胸を突かれたように言葉に詰まった。