十九ノ七、夜語り一
食事が済んでも貴族特有の長丁場な空気は変わらない。
居間に場所を変え、バーツとロナウズは、件の果実酒を片手にまたソファで語らっている。この時間になるとエミルも座って会話と晩酌に参加していた。ラナドールは身支度のため、退室中である。
この辺りで大抵の子供は眠くなって退室する。
イシュマイルも一日の疲れがどっと出たのか、起きていられなくなり部屋に戻った。料理に酒が少々入っていたせいもある。レニも屋敷に戻っており、イシュマイルに付き従って寝室にいた。
「ハロルド様は、こちらが心配になるくらい素直で真っ直ぐなお子様でしたが、ロナウズ様は……」
エミルはまたハロルドの話をしている。
今日はよほど懐かしさに捕らわれたのだろう。バーツも今度は大人しく話を聞いてやっている。
一人苦笑いしているのは、話の矛先が向いているロナウズだ。
エミルは言う。
「ロナウズ様はというと、お小さい頃からエルシオン神話の矛盾を読み解こうと問答なさったり、刃物に興味をお示しになってノルド・ブロスに行きたいと仰ったり……それはもう」
「……なんだよ、優等生じゃなかったのかよ」
バーツは面白がってロナウズをさらにからかう。
「ハハハ、だから聖殿に叩き込まれたんじゃないか」
ロナウズは他人事のように笑っていて、エミルには逆らわない。
ロナウズは祭祀官養成所を経て、一時アリステラ聖殿に所属していた事がある。祭祀官から聖殿騎士に変更することは最近はあまりないことだが、過去に無かったわけでもない。
どちらも、エルシオンに帰依する聖職者だ。
「しかし聖殿というところは外から思うような静謐な場所じゃない。まさに生き馬の目を抜くとはあのことだな」
ロナウズも昔を思い出してか、そう口にした。
「……お嬢様方も、なかなかお戻りにならないのはそのためなんですかねぇ」
エミルはバスク=カッド家の子供達が長らく留守であることが寂しいのだろう。
祭祀官養成所の暮らしは聖殿のそれに準じている。
学ぶことも多いが外の世界とはまるで違う技術や生活、その歴史に触れ魅了される者も少なくない。
「――あぁ、そういえば」
ロナウズが聖殿の話から連想して、とあることを思い出す。
「イシュマイル君の件、アリステラ聖殿に言って早めて貰おう。船は手配出来てもイシュマイル君自身が間に合わなければ意味がない」
「助かるぜ。ウエス・トールに行こうにも、肝心のイシュマイルが不法入国じゃ洒落にもならんしな」
バーツはいつもの口調で愚痴を言ったが、ロナウズは不思議そうに聞いている。
「そもそも何故ウエス・トールなんだ? 第一、何故今なんだ」
ロナウズは、ウエス・トールに関することは漠然としか聞かされていない。慌しくアリステラから離れようとするバーツの真意を問いたい。
「今だから……さ」
バーツは手短く答える。
「今を逃すと、イシュマィルが村を出て他国へ渡るチャンスなんて来ないかも知れねぇだろ」
ロナウズもそれを聞いて、はっと納得する。
「ウエス・トールでフィリアが関わったっていう子供の一件がイシュマイルのことなのか……それを確かめに行くのが目的なんだけどよ」
「ま、イシュマイルをなるべく長くファーナムやドヴァン砦から遠ざけておきたいってのが本音に近いな。今ならレアム・レアドの件を理由にすりゃいくらか自由に動ける」
「……」
ロナウズは釈然としないながらも黙って聞いている。
「それに、これは俺のカンだけど――」
「レアム・レアドはウエス・トールで何かあって、その後の十五年を姿を隠すことになったのかも知れねぇってな。イシュマイルの件は別にしても、行く価値はあると思うんだ」
「レアム・レアドが……ウエス・トールで?」
「レアムってのは元々ウエス・トールを拠点に活動してたらしいんだ。ガーディアンってのはある程度任地が決まってるからな」
例えばウォーラス・シオンがドロワ市、アイス・ペルサンが聖レミオール市国に居たのもこのためである。
「師匠が言うには、フィリア・ラパンが女王になってからは、特に要請を受けてウエス・トール国内で動いていたらしい」
伝聞ではあるが信用出来る情報ではある。
「ウエス・トールじゃ、狂戦士だの最凶のガーディアンだのって呼ばれてたらしいが、要はレアムのことを知る人物が少なからず居る。そういう連中を探すのも、目的に一つになるだろう?」
「成るほど」
ロナウズも、それ以上否定はしない。
「だが……今のシュマイル君を過酷な砂漠に連れ歩くのはどうかな? 聞き及ぶ限り、ウエス・トール王国もかなり環境が悪化している」
「ほう?」
ロナウズ側の情報源は恐らく義姉夫婦辺りであろうが、それだけに信頼出来るとバーツも考えている。
「具体的にはどの程度だい? 作物が実らないとか砂漠の魔物が増えてるとか?」
「それもある。村落の崩壊が激しく、いくつもの町が消滅している。中継となる町々が無くては古都テルグムまでの往復自体も困難になるだろう」
「そいつぁ……」
バーツはわかっているのかいないのか、いつもの口調だ。
「厄介だな」
旅の目的である証拠や証人を探す旅も困難になる。
ウエス・トール王国のことも気掛かりであるが、大陸のどこかで魔物が増えれば他の都市にも影響が出る。
これに対応することはガーディアン本来の役目でもあり、この先の行動にも変化が起こるかもしれない。のんびりとしている余裕はなさそうだった。