表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
187/379

十九ノ六、酒と鍵穴

――夕方。

 遅れて帰って来たラナドールが、ウエス・トール行きの船の目星がついたと話した。もとはバーツが申請しておいた船の予約で、あとから港に赴いたラナドールはその報告をいいタイミングで受けることが出来た。

 ちょうどオヴェス近郊の港に入る船団が出港間際であるという。


「オヴェスか」

 手早く船が取れたのは幸運だったが、行き先がオヴェスとあってバーツはやや複雑そうだ。 

「ウェス・トールはどこの港からでも王都テルグムまで距離があるわ。どちらにしても隊商と合流しなければ不案内だし、それならオヴェス商人に掛け合うのも手ね」

 ラナドールも少し複雑である。

「急ぎでなければ私の姉夫婦に頼むところなのだけど……」

「いや、十分さ」

 ラナドールの姉夫婦は、ノア族の隊商である。ノア族の風習として、二人の子をバスク=カッド家に任せてある。


 その子供たちも今は寄宿舎にあり、今この屋敷にいる子供はイシュマイルの他は、行儀見習いのメイドだけだ。

 執事エミルなど使用人も極端に少ない時期でロナウズは、身支度を自分たちで行うバーツとイシュマイルに非礼を詫びた。


「ちょうど荘園の方で収穫の時期でね。そちらに人手を割いているんだ」

 食堂に向かう道すがらロナウズはそう説明する。

 荘園は殆どの貴族が独自に有しているが、バスク=カッド家はかなりの資産を没収などで減らしてしまった為、それなりの農園と本家の居城を持つのみだ。

 そちらでは執事エミルの甥に当たる人物が収穫物管理や経営を担当しており、ロナウズはここから最終的な決定を送るだけだ。


「荘園ねぇ。今の季節は何を?」

 バーツにはまだ貴族がどういうものかという実感がなく、奇妙に感じるのか苦笑いで尋ねている。

「作物自体の出荷はしていない。果実酒の加工用に卸して、残りはオリジナルに醸造かな」

「お、いいねぇ。酒か」

「ふ、あいにく今年はこれからだ。去年は出来も良かったからそちらを食後に出そう」


 バーツの上機嫌を、イシュマイルは冷ややかに見ている。

「なんだよ?」

「ううん……ガーディアンってのは、みんな酒好きなのかなって思ってさ」

 イシュマイルは呆れ声でそう答えたが、遊撃隊と分かれてからのバーツは行く先々で酒を飲んでいる印象がある。

「シオンさんもそうだったし、レムもね」

「アイスもか?」

 バーツはそうからかうが、自分からレアムの名を口にするイシュマイルを珍しい、と感じている。

「アイスさんは確かに酒じゃなくてお茶だったけどさ。量が普通じゃなかったじゃない」

「俺はたらふく飲んじゃいねぇだろ。じゃあなんだよ、レアムの奴は酒豪かよ」

「……そうだね、同じ輪の全員が潰れても平気だったよ」

 イシュマイルは言い返し、バーツは笑ったが内心ではそうだろうな、と思っている。


 ガーディアンは殆ど酔わないからだ。

 他にも毒や病の耐性は高い代わりに、食への欲求が少なくなったとバーツは感じる。またガーディアンはあまり量を食べる必要もない。

(とことん楽しみがなくなったな)

 そうバーツは思う。睡眠など本能的な欲求も低くなり、様々な快楽から自然と遠ざかるのだ。


『ガーディアンが酒を好むのは、酔う為でなく思い出すためだ』

 そうシオンが言った事がある。

 ガーディアンになるとそれ以前の感覚が急速に薄れていくのだが、それを引き止めるのが五感だ。鈍くなるとはいえ酒などの強い味覚は、容易に古い記憶を呼び覚ます。


 また酒というのはその多くがそれまで共に居た人と酌み交わしたもので、その記憶も蘇る。さしずめ外部から触発する記憶装置のような役目を果たしている。

(アリステラの果実酒か――)

 まだ味わったことのない味だが、ロナウズを始めとするバスク=カッド家の人々の記憶と共に脳裏に刻まれるのであろう。


「まずは夕餉を愉しんでくれ。明日は慌しいかも知れないからね」

 ロナウズは食堂に入ると、そう言ってバーツらを席へと促した。


 テーブルに並んだ料理は、やはり魚がメインのものだ。アリステラではアール湖で獲れる淡水魚が豊富にある。

 ドロワ市とは野菜や果物の種類も違い調理法も異なるが、アリステラは市民も料理人もその研鑽には熱心だった。


 ドロワは煮込むか炙る調理法が多かったが、アリステラでは素材のまま食するメニューがスタンダードだ。穀物の種類も多く、領内の食物・食品のバラエティは豊かである。


 ただ酒類は甘口でさらりとしたものが多いため、酒通にはドロワかファーナムの良質の物が歓迎され輸入されており、それ専門のバイヤーも多く滞在している。

 今も食事と共に出されている酒はドロワ市の物だ。


 地元の魚料理にドロワ産の酒を併せた夕食は、格式ばった会食を嫌うバーツも今夜は親しい者ばかりということもあってリラックスしている。


 そして口にした魚料理に、不思議と懐かしさを感じた。

 エミルが満足げに説明する。

「よくお分かりで。こちらはオヴェス・ノア風の味付けとなっております」


 バスク=カッド家ではその他にも、様々なところに『オヴェス・ノア風』がある。

 イシュマイルたちは疎かったが、たとえばロナウズの着ている衣服一つ取っても、アリステラの主流に、ノア族風の要素が加えられている。


 ナチュラル・ブームとでも言おうか、それ以前のアリステラというのはファーナムに似てどこか退廃的な空気が漂っていた。

 ノア族のもたらしたオヴェス・ノア流の空気は、アリステラ貴族にも流行りを生み、アリステラの近年の生活も大きく変えていた。

 ラナドールはその方面では牽引者として知られており、ロナウズよりも知名度がある。


 ノア族を順応化させる過程でタイレス族もノア族化しているのだが、殆どの市民はその変化を目新しく愉しんでいるだけだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ