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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十九ノ四、十五

 (これ、ロワールの――?)

 イシュマイルが常に携帯し、サドル・ノア族の男が持つ双牙刀は、ノルド・ブロス帝国にあるロワールという山間の町で作られたものだ。

 豊富な鉱山資源を有し山岳都市ロワールと呼ばれるが、主に剣などの逸品を生み出す町として有名である。


 アリステラ市も鉱山を有するが、加工に必要な部品や鉱石、貴金属などといったものは輸入に頼っている。ノルド・ブロス産の物は質が良い上に、技術者の腕も格上だった。


「――気付いたようだね。その通り、道楽の品さ」

 ロナウズがそう自虐的に言ったのは、これが密輸同然に手に入れた品だからだ。

「言い訳をするなら……月魔への対効果が段違いなんだ」

「月魔への?」

「アリステラの剣では月魔を斬った時に一段落ちる――何かが違うのだ」

 双牙刀しか使わないイシュマイルにはわからない。

「備えの為に手元に置いているが、まぁ半分は私の趣味だな」


 ロナウズは濡れたシャツを脱ぐと上着を肩からかけて腰を下ろした。グラスに水を注ぐと今度は普通に口をつける。

「鞘に彫りこまれてる模様よく見てごらん。何に見える?」

 問われたイシュマイルは、双剣の一振りを注意深く見る。柄口に嵌められたプレートに、象形文字のような線画のマークがある。

「……人? 何か、兜を被った人のような」

「尾もあるだろう?」

 確かに、体は人を棒線で描いたような姿だが、頭は横を向いた鰐のようであり、腰の辺りから尾らしき線が伸びていて、手には長い線で現された何かを持っている。


「見たことが無い絵だ……」

「それは龍頭亜人とか類人龍と呼ばれる意匠でね。龍族を擬人化したものだと言われているが――」

「これ、龍族なんですか?」

「いや、龍人族だ」

「!……龍人、でもっ頭が? 尻尾が?」

 慌てた様子のイシュマイルを見て、ロナウズは柔らかく言い直した。

「意匠だよ。龍人族の昔の姿だという伝承をモチーフにしている」


「ほんとうに、こんな姿だったのかな……?」

 心細げにいうイシュマイルに、ロナウズは宥める口調で答えた。

「あくまで言い伝えだ。それに、こういった模倣魔術に準じた絵や紋様はいくらでもある」

「よかった……」

 イシュマイルはほっとしたのか、うっかり口にしてしまった。

「龍人族やタイレス族は、見た目はそっくりでも違う存在って聞いたから――」


 はっと気付いて言葉を切ったが、ロナウズには予想の範囲内だ。

「フォウル、そこまで話したか……。たしかにその話は本当だよ」

「ご、ごめんなさい」

「いいさ、むしろ君は知るべき立場だ」

 ロナウズは怒る風でもなく、頷いた。

 ロナウズとラナドールの婚姻以来、ずっと誰かしらに言われてきたことだ。直接であれ陰口であれ。


 ロナウズにとって、それが幼年期以来の理解者であるフォウルであるのは辛い事実でもあったが、フォウルの憂いも知らないわけではない。

 少なくともフォウルはラナドールの人柄や才覚は認めていて、だからこそタイレス族の養子を、と説いていたのである。


――もっとも、フォウルがその養子の件をイシュマイルにまで薦めていたとは、ロナウズも知らなかった。イシュマイルの様子がいつもより恐縮しているなと思った程度だ。


「アリステラが何故こうなったのか、それは聞いた?」

 ロナウズは気が進まないながらも、アリステラの暗い部分を話し始める。

「えぇと、それは」

 イシュマイルは会話を思い出そうと考えたが、これという答えが出てこない。その様子を見てロナウズは、フォウルが作為的に情報を与えたのだと解釈する。


 ロナウズはグラスを置くと庭の木々に視線を移す。この景色は今も昔も変わらない。

「十五年前だ。君も聞いているかと思うが、大陸全土に月魔が現れるという異変があってね」

「……十五年前」

 イシュマイルも、度々耳にするこの数字が自分の年齢と一致することは知っている。

「具体的には何があったんです? 月魔が本来現れないところにも出たって意味ですか?」

「その通りだ。サドル・ムレスと言わずウエス・トールと言わず、各地に。聖殿を持つ街はその加護により月魔の侵入を防げたが、周辺の村や町はそうではなかった」


「この近郊でもいくつかの村が襲われたが、そのうちの一つがオヴェス・ノア族の里だ」

「オヴェス……」

 バーツ、そしてラナドールの故郷である。

 オヴェス・ノアにはオヴェス聖殿があり、その周囲にあったタイレス族は守護の力にかろうじて護られた。が、ノア族の集落はやや離れた位置にあり、聖殿の力が及ばなかった。


 イシュマイルの脳裏に、二年前のサドル・ノア村の惨劇が蘇る。

 サドル・ノアは月魔の大群に襲われて壊滅し、今ある村は再興されたものだ。この時レムは行方不明となり、一人残されたイシュはギムトロスの養子となった。

「……あんなことが、以前にも」

 そしてイシュマイルの記憶にはないが十五年前の異変。

 ウエス・トールにてイシュと呼ばれた孤児がレアム・レアドの手に渡るきっかけにもなった。


 つまりイシュマイルは二度、同じ悲劇を通っている。

「そうか。あれと同じことが、オヴェス・ノアでもあったんですね」

「……そうだね」

 ロナウズはイシュマイルの気持ちを察したか、僅かに表情を曇らせた。


「ノア族の人達は里から離れ、オヴェスとアリステラに分かれて避難した」

 ラナドールたち族長一族は、アリステラに入ったのだが――。

「この時、受け入れ側のタイレス族は欲を出してね……」

「欲……?」

「ノア族の里はその後復興されたのだけれど、一部のノア族をアリステラに取り込もうと画策した。これが今も残る『順応化』の元々の形だ」


「順応化――つまりノア族をタイレス族化するってこと、ですよね」

「そうだ。ある民族から文化や言葉を根こそぎ奪う……酷いやり方だ」

 ロナウズは、イシュマイルの反応を気遣いながらも話を続ける。

「最も多かったのが婚姻による帰化だ。族長の孫であるラナドールにもそれに釣り合う家柄をと、我がバスク=カッド家が選ばれた」

「……」

「フォウルはこれを、我々旧貴族勢力の連帯を削ぐのが目的だと言っている」

 その話はイシュマイルも聞いた気がする。


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