十九ノ二、刻まれたもの
「例えばここに一冊の本があるとする」
バーツが例え話を始めた。
「書かれているのはあらゆる知識。戦い方や魔法の全て、神話や歴史の真実。過去から現在までのガーディアンの名前もある」
「う、うん」
「普通の人間には存在すらわからず内容も当然知らない。理解することも、まず出来ない」
「……うん」
「だがガーディアンとして儀式を受けると、この本に書かれたことが自動的に頭に入ってるんだ。自覚があろうがなかろうが、それは関係ない」
イシュマイルはようやくバーツの例え話を理解してきた。
「わかった、その為に必要な実践の時間が、今のバーツと同じ見習い期間なんだ」
「おう、よくわかったな」
イシュマイルに先に言われて、バーツは驚いたが説明は続けた。
「順を追って会得出来るものもあれば、ある日いきなり完成することもある。予め必要なものは全部、エルシオンで刻印を受けた時から詰め込まれてるってことだ」
さらには、同じ本の内容を修得しながらも個性や経験によって、種類も数も、全く違う技を発現する。たとえ師弟であっても、同じとは限らない。
「……ちなみに俺は、本の存在を知らなかった側だな。今は頭の中に入ってはいるが、具現できるかは訓練次第ってところだな」
バーツは他人事のように言ってのける。
(シオンさんがピリピリするはずだ……)
イシュマイルはそう思ったが、口にはしなかった。
シオン流に言うならば、生まれたての赤子同然のガーディアン、バーツが一人で歩いて走れるくらいまでは様子見として先達ガーディアンらが助太刀する。この間にどの程度習得し、その後どれほど覚醒するかは本人次第。
今のところ、バーツはまだこれという成果を出していない。
「――で、適合者なんだが」
バーツが話を戻した。
「この本の存在を朧気ながらに感付いてる存在だな」
バーツが、ロナウズを指し示しながら言う。
「恐らく本の内容を理解することが出来、習得も可能であろう存在なんだが、その機会を与えられるか否かは運だ」
「運……」
イシュマイルは不意に、ロナウズの話にあったレコーダーとの取引を思い出す。
いつでもその機会を与えよう、そうレコーダーはロナウズに持ち掛けている。
「ロナウズの戦い方を一度見たが……あれは独学でかなり近い所まで来てるんだろうな」
バーツはそうロナウズを評したが、イシュマイルに対しても似たものを感じている。イシュマイルは戦闘中であれ普段の生活であれ、端々にその傾向がある。
例えばドロワ市近郊で竜化したレニと戦った時、イシュマイルはそれまで自覚のなかった未修得の言語を発して、レニの術を壊しこれをねじ伏せた。
イシュマイルはそれを「レムから習った」と言っていたが、それだけで使いこなせるようなものではない。
その直後もレニの言う渦、バーツの言う流れに近づいた一件などはレアム・レアドとは関係がないと思われるし、思い当たる節はいくつもあった。
だがそれを今、口にすべきかどうかにはバーツも迷いを感じていた。刻印とエルシオンの関係ですら理解出来ない部分が多すぎる。
「――そういえばバーツは昔、ジグラッドさんとはライバル同士だったって?」
イシュマイルは不意に話題を替える。
「あ? あぁ、まぁな。競う相手がいるってのは悪いもんじゃねぇぜ」
別のことを考えていたバーツには、イシュマイルの反応は意外である。
「ならジグラッドさんもガーディアンになる可能性があったのかな?」
「……あいつは、どうかな。魔法のまの字も知らねぇ奴だ」
バーツはそう茶化して誤魔化したが、バーツがガーディアン候補に選ばれた建前上の理由もそこにある。
ノア族であるバーツには先天的に魔法の素地があるから、との理屈だ。実際その通りではあるのだが、ノア族は本来ガーディアンという存在を持たない。
バーツはイシュマイルに問い返した。
「お前は? ノア族の中で暮らしてたなら、腕のいい相手もたくさん居たろう」
「うん……居たかもしれないけど」
イシュマイルは言い濁す。
「どうした」
「僕は、力の加減っていうものがよくわからなかったから……。手加減して鍛えるっていうのもピンとこなくて」
「……」
「じゃあ、ガキ同士で喧嘩とかは?」
「ないよ」
一緒に遊ぶということも――そう言外に含んでいた。
バーツは予想はしていたものの不憫に感じてそれ以上は聞かなかった。
「なるほどな。……レアムの悪影響かもしれんな」
「そうなの?」
「あぁ、奴の手加減の無さは有名だからな。最強最悪の冠は伊達じゃねぇってな」
バーツは少しズレた返答をしたが、イシュマイルの方もそれは理解している。
「なぁイシュマイル。お前、大人相手にも多少は手加減しろよ?」
「え?」
またロナウズの方を見ていたイシュマイルは、どういう意味かと振り向く。
バーツは繰り返した。
「お前の戦い方も見てきたが、殺気が篭りすぎてるぜ。獣や月魔と戦う森での駆け引きとは違うんだ」
「相手が敵であっても誰であっても、加減が必要になるのが街中での戦闘のルールだ。やりすぎるなよ」
「う、うん」
「手を抜くなっていう意味じゃねぇ。倒す時はきっちり倒せ」
「――でもな、力に飲まれないように……常に冷静でな」
イシュマイルは苦笑いで聞き流す。
「……バーツに言われても、ね」
「なんだと?」
「バーツって、僕を子供扱いしないよね」
イシュマイルは多少の謝意を込め、しかし捻くれた返事をする。
「というより、子供だろうと年長者であろうと態度を変えない」
目上にも無礼、という意味でいつものバーツの行動をからかった。
「言いやがる」
バーツもいつものニヤリとした笑いを浮かべる。
そこへ、執事のエミルが入ってきた。