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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十八ノ十、友達

「そう、か……忘れてた」

 イシュマイルは今更のようにそう呟いた。

「そうだよね。会うってことは、話すってことだよね」

「?」

 子供らはイシュマイルが何を言っているのか理解出来ない。


 記憶の中のレムは、人当たりの良い村人からも頼られる存在だったが、その素顔のレアム・レアドは他人に馴染まず避けるようにして生きる面がある。イシュマイルもそこは嫌いではない。自分の影と似ているから。


 またレムは養父か師かと問われれば、曖昧なところだ。養い育ててくれたのはダルデとロロラト夫妻が主で、レンジャーとして鍛えた師はギムトロスである。

 歳の離れた兄、あるいは従兄弟のような位置付けだったのかも知れないが、そもそも兄弟というものがわからない。


 近頃のイシュマイルが感じるのは、レムとは自分より先輩格の同類の者、同じよそ者ではなかったかということだ。

 レムが去った二年前に、静かだった過去の記憶は壊されている。


 今のシュマイルが怯えるとしたら、里に残してきた老いた三人のことだろう。

 成長するにつれ、頼りにしてきた人たちの時間が削れて行くのを感じられるようになる。以前のイシュマイルは彼らを労わる気持ちとそれに怯える自分の情けなさで震えているだけだった。治ることのない痛みだ。


(僕は、サドル・ノアを守らなくちゃ……レムがそうしていたように)

 よそ者ではあったけれど確かな時間はそこにある。恩返しなどという気負いはまだ無いが、里を守るということは自分の心と記憶を守ることでもある。


 怯えて凝り固まった幼い心は、人の波の中で時間の先に向けて生きることでしか癒せない。

 いつかバーツに教えられたことだ。

 イシュマイルは自分でも気付かぬまま、少しずつ考え方が変わってきていた。


「――お前、大丈夫か?」

 暫時、意識を思い出に囚われていたイシュマイルに、スタックが声をかける。

 スタックから見ればイシュマイルが黙り込んだので、もしやサドル・ノア村はそこまで危ない状態なのか? とすら思ったのだが、イシュマイルの返事は意外に軽いものだ。

「うん、大丈夫。自分がここに何をしに来たのか、思い出したんだ」


 そしてカートとスワンに「ありがとう」と言った。

「どういたしまして」

 スワンはませた口調でいい、ホロゾは首を傾げる。

「君、やっぱり風変わりだよね……」

「おかしいかな」

「あぁ、面白いね」

 スタックがまた拳を作り、イシュマイルの前に差し出した。

(またか)

 そう思いながらも付き合って拳を出す。


 今度はスタックは拳をトンと当ててきた。

「アリステラの船は頑丈だ。無事に一航海して、すぐ戻って来いよ」

「あぁ、その予定だよ」

 

 その後はイシュマイルを送りがてら、五人でそれぞれに話しながら歩いた。

 イシュマイルはその中になんの違和感もなく混ざり、そのことに自分では気付いていない。


 話の中でイシュマイルの滞在地がバスク=カッド邸だと知ると、彼らはさらに興味を持ったようだ。

「知ってる。聖殿騎士団の団長さんだ」

「あぁ、だからラナドールさんと居たのか」

「昨日はサグレスさんと居たしね」

「しーっ」

 スワンがホロゾを制した。

 イシュマイルはなんのことかと思ったが、その話はそこまでだった。


 途中、少年らは一人ずつそれぞれの持ち場に戻っていき、スタックが最後に残る。

「ココまでくればわかるよな。俺もまだ仕事あるから」

「うん」

「じゃ、帰りにまたな」

 最初の広場でスタックはそう軽く言って別れる。

 イシュマイルはまた一人に戻って、覚えた道を歩いていた。


――急に静かになった。

 同年代と話すのは久しく無かったし、村を出てからは初めてのことだ。

 イシュマイルはこの時まだ気付いていなかった。

 子供にとって友達とは作るものではなく、出会った瞬間に成っているものだということを。


 そして、かつてサドル・ノア族の村でついに馴染めなかった村の子供たちも、イシュマイルが心を閉ざして触れ合わなかっただけで、同じ時間同じ場所を共有した仲間であったことを――。


 貴族屋敷の立ち並ぶ区域に戻り、四辻まで来るとレニが待っていたかのように姿を現した。

「もう戻ってきたのかい。それにしちゃあ一人でフラフラすんのは良くねぇな」

 そう声を掛けるレニの姿を、久しぶりに顔を合わせるような気分で見る。

「レニ。ここにいたの」

 今更ながらレニの存在を思い出していた。


「あぁ、真昼間だし二人も傍に付いてりゃ大丈夫と思ってな」

「バーツとラナドールさんはまだなの?」

「……この道は通ってねぇな」


 隣に並んで屋敷まで送ろうとするレニに、イシュマイルは嬉しそうに言う。

「一人ってわけじゃなかったよ。広場までは送って貰ったし」

「誰に?」

「メッセンジャーさん達さ。街のちょっとしたガードマンかな」

「ふぅん?」

 レニはそれを大人の話だと思ったらしい。取り立てて訊きはしなかった。

「まぁいいけどさ。お前はわりと抜けてるから」

「そうだね」

 スタックにも同じようなことを言われた。


 思い返せば、ずっと以前にもドロワ市でタナトスと名乗るガーディアンに似たようなことを言われた気がする。

「僕ってマイペースなのかな」

 ふと口にするイシュマイルに、レニは少し考えてから答える。

「……あのバーツと行動を共に出来るって時点でな。お前らは互いに合わせるってことを全くしねぇから」

 そうレニは悪態をつく。

 

 当初、レニはイシュマイルのことを「歳のわりにすごい奴だ」と思っていた。

 しかし三人で旅をし始めてすぐにそれが買いかぶりであったことに気付く。生まれつき同調能力が高いので理解力があるように見えるが、実際にはバーツと同じくらい大雑把なのである。

 大人の会話に平然と混ざり鋭い質問を投げるなどの一面を見せるがその実、話の半分も聞いていなかったりする。


(ま、それでも誓いを立てるに値する程度には興味深い奴だけどな)


 バーツの大雑把さというのは、ファーナムで育った幼少期から始まり身を守る為の術でもあったのだが、イシュマイルも似たような経過でこれを身に着けた。

 他人との付き合い方においては似た者同士かも知れず、だから共に旅が出来るのだろうし、レニもそんな彼らを理解しやすかった。


 呆れることもあるが、まんざらでもないというのがレニの今の感覚だ。

「レニはどうなのさ?」

 そんなレニに、イシュマイルはいつもの調子で問い返す。

「オレは――オレの行動は全て演技」

 レニはそう嘯き、イシュマイルは笑った。

「そうだね。確かに本音が丸見えだね」

「……っ」

 レニは何か言い返そうとして、やめた。


 ちょうどバスク=カッド邸に着き、レニはイシュマイルを門の中に入れるとまた四辻に戻ろうとする。

「レニ、お屋敷に入ろうよ」

「やだね」

「どうしてさ」

 イシュマイルは重ねて尋ねたが、レニはこれという返事を返さない。

「タイレス族の貴族屋敷だからさ」

「ぇえ……?」

 イシュマイルには、レニの言わんとすることがわからなかった。


「ま、夜分の一番ガードの手薄な時間だけ戻ってやるよ。それ以外は四辻にいる方が効率がいい」

「……そういうものなの?」

 半ば説得も諦めつつイシュマイルが問う。

「まぁな」

 レニは返事をはぐらかした。


 レニは踵を返すより早く、風に紛れるように姿を消した。

 イシュマイルは見えなくなったレニを追うように視線を泳がせる。思えばアリステラに来て昨晩辺りからレニの様子がおかしい。


(考えが読めないし行動の予測もつかない……まさにそっくり。もしかして龍人族って皆ああなのかな)

 今更ながらレニとレアム・レアドの共通点を見出した気分だった。


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