十八ノ九、家族
イシュマイルは少年らと握手をしようと手を出したが、リーダーのスタックは拳を顔の高さに上げて笑ってみせた。
拳を合わせろ、という仕草をし、イシュマイルもそれが子供の挨拶であると理解して拳をぎこちなく上げてみる。だが拳をぶつけ合うのかな、と思ったところでスタックはそれをスイとかわした。
今度は頭の高さに手を上げ、手のひらを向けてくる。
「……」
なんとなく予想はついたが、もう一度調子をあわせて開いた手を上げてやる。掌同士で叩き合うような仕草をしながらも、またしてもスタックはこれをかわした。
そして今度は胸の位置で両手を開いて笑う。
「な、なるほど」
からかわれてるとは思いながらも、つきあってイシュマイルも両手を肩の高さに上げる。我知らず誤魔化すように視線を逸らした。
「――隙あり!」
一瞬の油断。
スタックは一歩進み出て、両手で勢いよくイシュマイルの体ごと突き飛ばした。
「っ!」
転ぶより早く、イシュマイルは後ろに跳ねた。
着地はしたものの膝が砕けたように力が抜けて、尻餅をつく。
見ていた子供らからすれば、スタックがものすごい力でイシュマイルを突き飛ばしたように見えた。
「……まいったね」
驚いたのと同時に、子供に見事に嵌められた自分に笑いがこみ上げて来て、イシュマイルは珍しく声を立てて笑った。
「お、おう。さっきの仕返しだ」
スタックは取り繕ってそう言ったが、それほど強く押したつもりもなく、この結果に少しばかり驚いていた。
「俺の勝ちだ」
「そうだね」
イシュマイルはまだ笑っている。
その様子に見ていた三人もようやく笑い、スタックはイシュマイルに近づいてきて手を貸そうと差し出す。
「でも三回ともひっかかった奴は初めて見たぞ」
イシュマイルも応えて差し出すが、手を取る前に先に訊く。
「四回目もあるのかな?」
「転んだ奴をそれ以上転ばせても意味はない」
スタックは芝居がかった口調で言い、イシュマイルを手を掴むと助け起こす。
イシュマイルも立ち上がると、借り物の服を汚してはとズボンを払った。
「……お前やっぱ変な奴だな」
「変?」
イシュマイルは手を止めずに訊き返したが、似たような会話をどこかでしたような気がしていた。
「服装がヘン」
一番小柄な少年カートと少女スワンが言う。
「お爺様の着てた服みたい。三つボタンの服なんて」
さすがに一々目の付け所が細かい。
「昨日サグレスさんと歩いてただろ。その時は白い服だった」
「そうか、サグレスさんと居た所を見てたのか」
イシュマイルはその後サグレスに案内されて、貴族の邸宅区域にあるバスク=カッド邸に行ったのだ。
少年らがバーツのことを口にしないのは、バーツがそれだけ街に馴染んでいたせいだろう。
スタックが首を傾げながらいう。
「お前みたいなのを、マイペースって言うんだろうな」
「え?」
「なんだか受け答えがちぐはぐだし、でもトロイってわけでもないし」
貶すつもりはないが気を使うつもりもなく、言いたいようにスタックは言う。
「サドル・ノアの人ってみんなそうなのか? ずっと景色眺めたりさ」
「それは……ないと思うけど」
イシュマイルは困惑しつつ見知った顔を思い出す。
病床の村長ダルデはともかく、ギムトロスやダルデの息子達などは割合に豪快であったし、ダルデの妻ロロラトなど女性たちはキリリとした人が多かった。
大人しい人や無口な人もいたが、一様に自分の仕事に一日中励む人々だ。
「話し掛けてるのにぼーんやりしたり、急に動いたり。なんだか予測出来ないんだよな」
「そう、かなぁ」
ふとイシュマイルは思い当たる。
「そういえばレ――いや一緒に住んでた人がそんな感じだったな」
予測がつかない、考えが読めない。レムことレアム・レアドはそんな風だった。
「一緒に? 家族?」
子供らの屈託のない問いに、イシュマイルは胸を突かれる。
「家族……うぅん、どう説明していいのか」
イシュマイルは言葉に詰まった。
その様子を見て、一番年上の少年ホロゾは何か思い当たった。
「ワケありってことね。サドル・ノア族も、オヴェス・ノア族みたいにタイレス族との間で問題があるの?」
「問題?」
イシュマイルは先ほどのフォウルとの会話を思い出す。
「いや、違うよ。あの村でタイレス族は僕一人」
「! ――あぁ、なるほど」
ホロゾとスタックは、その意味をおよそ察した。
「そっか。ドロワ市があんなことになって街道が閉鎖されたって聞いたから、村に戻れないのかと思ったよ」
「あ、俺もそれ聞いた。ドロワやレミオールからの商品が来なくなったって」
ホロンゾとスタックは話を逸らすように言い、イシュマイルにもそれは伝わった。
「僕は、アリステラには船に乗る為にきたんだ。村は無事だよ」
そして付け加える。
「だぶん、ね」
「……」
ホロゾとスタックは、今起こってる事態をうっすらと知っている。
年下の二人を怖がらせない為に口にはしないが、イシュマイルの言動を見て不安を感じていた。
「――心配だね」
話を聞いていたカートがぽつりといい、スワンも気軽に訊いてくる。
「でも用事が終わったら村に戻るんでしょ」
「そう、だね。そのつもりだよ」
「良かったじゃない、家族の人とすぐに会えるよ」
イシュマイルは家族ではないとやんわり否定したが、子供らはそう受け取らなかったようだ。
「会えたら何を話す? アリステラのことも話をしてくれるわよね」
「――話す?」
スワンの言葉に、イシュマイルは驚きを感じる。
「しばらく会えなかった家族に会ったら色々と話をするでしょ?」
「……」
話す。
考えてみれば、レアム・レアドに会うという目的は持っていたが、そこから何をするかを今まで放棄していた。
再会するのはドヴァン砦になるか他の場所となるか。
その時に最初に何と声を発し、その後どうするか。
山ほどある聞きたいことを、いかにして尋ねるのか。
今までは、それを考えるのが辛くて逃げていた。
どう転ぶかわからない未来のことを、あれこれと想像だけ巡らせては叶わなかった辛い経験を、イシュマイルはいやというほど知っている。
だからこの件も、どうしても正面から見据えることができなかった。