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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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二ノ七、地図の上の都

 その夜。

 夕食を終えて、バーツとイシュマイルは揃って部屋にいた。バーツは士官用の一人部屋を宛がわれていたので、イシュマイルがそこに同室する形で、なんとか居場所を確保していた。


 室内には大人用の寝台が2つ、無理に入れられたので、他より少々広いだけのこの部屋では少し窮屈に見える。

 バーツは窓際に机を移し、毎日届けられる書類の束に目を通している。


 最初のうち、イシュマイルはデスクワークをするバーツを可笑しいような違和感で見ていたが、今ではその傍らで本など借りて暇つぶしをするようになっていた。


 ギムトロスにタイレス族の文字を教わっていたイシュマイルは、ここに来て知識を得るという機会に恵まれた。ドロワは学問の都市というだけあって、様々な書物が大量に流通する街だったからだ。

 陽のあるうちは屋外で体を動かし、あとは室内で本を読んでいたため、寄宿舎に閉じ込められていても、さして退屈とは感じなかった。


「ねぇバーツ」

 読書をする机のないイシュマイルはベッドに寝そべって本を開いていたが、起き上がってバーツにその本を持ってきて尋ねる。

「あー?」

 バーツは書類から目を離さず、生返事を返す。

「この地図にある文字が、読めないんだけど」


 バーツは書類にサインをすると、ペンと書類を横に置き、本を受け取った。

「あぁ、これか。こいつは古い文字で、今読めるやつはそうそういねぇよ」

 開いたページには、画面一杯に古地図が書いてあり、地名らしき印と文字が書き記してある。

「教えてやろうか?」

 そういってバーツは灯りの前に本を置く。


 地図には大きな大陸が1つ。


 ほぼ円形に描かれていて、バーツはその中心にある不規則な円に指を置く。

「ここがアール湖ってぇ内海。正確にはでっかい湖なんだが、でかすぎて内海と呼ばれてる。この地図だと適当な形に書かれてるな」


 そしてバーツは湖の周りを点々と十二回、指で示した。それはちょうど、我々でいうアナログ時計盤の数字の位置にあたる。


「十二箇所にエルシオンの聖殿、つまり神託所がある。で、その中心地レミオールはここ」

 バーツは時計盤でいう六時を指した。

 太陽の神レミオールの名を冠する街で、正しくは聖レミオール市国と呼ばれる。十二箇所ある聖殿のうち、レミオールの物だけを特に大聖殿とも呼ぶ。


 続けて十二時の部分を指し

「ここがウエス・トール王国」と言った。


「ノルド・ブロス帝国は?」

 イシュマイルの問いに、バーツは右半分を示しながら「この辺り全部だ」といい、特に三時のところを指して「首都はこのあたり」と付け加えた。


 そしてその反対側、九時のところをさして

「ここがアリステラ市とファーナム市。ファーナムはまだこの地図にはないけどな」と言った。


 イシュマイルは漠然と地理感を得たが、その距離を実感することはできない。

「ドロワは?」

 バーツは七時辺りを指で押さえる。

 そこには街の印があり、ドロワ市がこの頃からここに存在していたことがわかる。


「……じゃあ、サドル・ノアはどのあたりなんだろ」

「多分これじゃねぇかな」

 バーツがさらに指で追うと、ドロワ市のすぐ近くの森に、種類の違う印がある。地図の上では接しているのかと思うほど、ニつの点は近かった。


「ホントに、目と鼻の先だね」

「今のサドル・ノアはこの地図よりもう少し南に移動してると思うぜ」

 バーツは付け足した。

 森を示す格子模様の中には、他にもいくつか印がついていたが、二人はそこまでは話題にしなかった。


「……ドヴァン砦はレミオールにあるの?」

 イシュマイルはぽつりと言った。

 バーツは、イシュマイルの顔を見たが、地図に視線を戻すと六時と七時の中間辺りを指し示した。


 その辺りには街の印はなく、河川を示す筋が絡まるように描かれている。


「ドヴァンはかなりドロワに近いところだ。河の渡し場だった所に砦を作ったんで、辺りの道は狭ぇし、周りを河が囲んでる」

 そして付け足す。

「レミオールは天然の堀に守られてるわけだ。……おかげで、逆に攻め入る時に、やりにくいんだけどな」


 本当に目と鼻の先なんだ、とイシュマイルは内心で繰り返す。

 バーツは本を開いたまま、イシュマイルに返して言う。

「ドヴァンまでは竜馬でも半日かかるぜ。今は街道が寸断されてるから尚更な」

「……」

 バーツはそういって、暗にイシュマイルに釘を刺した。


 夜半過ぎ。

 バーツは灯りを小さくして、まだ机の前にいた。

 イシュマイルはすでにベッドに入っていて、明かりがまぶしいのか向こうを向いて眠っている。


 ほどなくして部屋の外が慌しくなった。

 扉が遠慮がちにノックされた。

「隊長、バーツ隊長」

 アーカンスの声だ。

 押し殺したような声音に、バーツは何事かと立ち上がる。


 扉を開けると、アーカンスは厳しい表情で声を低くした。

「出撃命令です、隊長」


「なに?」

 バーツは耳を疑う。

「どういうことだ。また命令の変更があったのか?」

 アーカンスは首を横に振る。

「いいえ、違います。第三騎士団から、援軍の要請なんです」

「いつだ」

「……一昨日、です」


 バーツは表情を険しくし、部屋の外に身を滑らせるように出ると、後ろ手に扉をそっと閉めた。


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