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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十八ノ六、オーマ

 アリステラ聖殿は、他の聖殿と呼ばれる塔と比べてかなり水際に建っている。

 その姿は巨大な灯台のように空に伸び、塔の内部は祈りを捧げ宣託を受けるための神託所だけがあるという。

 それ以外の施療院や神学校、務所などは塔の周囲に建物を増築して建てられている。


 実際これらの聖殿――古くは神殿が、塔だけの姿で建っていた頃にどのような存在だったのか、今では伝える者は少ない。

 またドロワ市でバーツがシオンによって地下施設の存在を教えられたように、一般人の目には触れられない機能もある。


 アリステラ聖殿はその背後にアール湖の絶景と広々とした空を背負い、塔そのものが信仰の対象であるかのような佇まいを見せている。

 イシュマイルはしばらくその姿を目で追って、上を向いて歩いていた。


 やがて二人は塔に隣接した建物――礼拝堂へと着いた。

 約束された時間より少し早かったが、ラナドールはあらかじめ用意してきた誓文をイシュマイルに手渡す。

「私はここまでね。役場にも行かないといけないから、このまま行くわ」

 ラナドールは心配こそしていないが念を押すように「大丈夫?」と問うた。

 イシュマイルは何か引っ掛かりを感じながらも頷きで返す。


 イシュマイルは石造りの階段を上がり、礼拝堂へと入っていった。

 その様子をラナドールは見送っていたが、思うところがあるのか伏せた睫に憂いを乗せる。



 まだ昼間だというのに、礼拝堂の中は静まり返っていた。

 アリステラ市は街のあちらこちらでマーブルの巨石が使われている。礼拝堂の中も壁といわず床といわず、緑色りょくしょくマーブルをツートンにあしらった幾何学的な模様に彩られている。

 涼しげな景色だ。


 イシュマイルは中央のカーペットに導かれ、奥の祭壇へと進んだ。ドロワ市でもドロワ聖殿の内部を歩き回ったので、およその造りは理解している。

 祭壇前に設えられたテーブルに、手にしていた誓文を置き儀礼通りに一歩後ろに下がると、正面に見える祭壇を見上げる。


 祭壇の中央に、古い絵がある。

(……女の人の、絵?)

 あまり大きな絵ではなく技巧も古いもの。かなり劣化はしていたが、額縁は真新しいもので、その絵がかなり以前に描かれ大切に伝えられてきたことがわかる。

(でも、ちょっと変わった服だな。大昔の人なんだろうか)


 光の加減かも知れない。

 絵の中の女性の瞳が、わずかに動いた気がした。


「――その方は女神オーマ。天盤宮エルシオンを治める二十七代目の統主にして、全てのガーディアンの長であられる」

 イシュマイルは咄嗟に後ろに大きく飛び退いてしまった。

 なんとも間が悪いといおうか、絵の中の人物と目が合った気がしてぞわりとした瞬間、礼拝堂の中に響いた声に心底驚いたのだ。

 思わず後ろ手に武器を探し、もちろん何も持っていないことに気付いて、声の主に視線をやる。


「……なるほど。百の説明を聞くより、その動きを見れば君という人物がわかる」

(しまったぁ……)

 イシュマイルは礼拝堂の中で無作法をしてしまった、と顔をゆがめる。

「す、すみません。慌ててしまっただけで暴れるつもりは――」

「構わないよ。こちらも叱るつもりはない」


 見ると祭祀官の装束に身を包んだ壮年の男が立っている。

「わたしの名はフォウル。この聖殿に務める祭祀官の一人です」

 祭祀官らしくよく響く声でゆっくりとした口調ながら、その声音は張りがあって厳しさを感じる。

「イシュマイル・ローティアスで――」

「聞いている。まずは、正面の祭壇に一礼を」

 どうやら人の言葉に、被せるように話すのが癖らしい。


「先ほどお話しましたが、中央が女神オーマ。左右の二枚はそれぞれ太陽神レミオールと冥王アユールの兄弟神が描かれています」

「レミオール……アユール」

 イシュマイルは言われるままに、三枚の絵に目を写す。

「太陽である聖レミオール、月である霊迷宮アユラを人として現したお姿です」

「はい」

「サドル・ノアでも同じ神々を信仰していると聞き及びましたが、見るのは初めてですか?」

「はい。人の姿に描かれたものは……それにノア族では冥王アユールには別の兄弟がいると聞いています」


 イシュマイルは一礼を済ませもう一度絵を見上げる。レミオールは金髪、アユールは黒髪に描かれている。どちらも青年の姿だ。

「レミオールをタイレス族、アユールをノア族として描いているみたいですね」

 イシュマイルは見た印象のままを口にしたが、フォウルは首を横にゆっくりと振る。


「二つの種族は、姿は似ていますがまったくの別の存在だという事を覚えておいてください」

 フォウルは言い聞かせるように言うと、静かに歩み寄ってきてテーブルに書類を静かに置いた。


「では君の素性をもう一度、口頭で――」

「はい」

 イシュマイルも軽く頭を下げて答える。

 イシュマイルの声が、礼拝堂に響いた。

「僕は自分の名前も両親の素性も一切知りません」


「サドル・ノアの村で、レンジャーであるギムトロス・ローティアスの弟子となり、イシュマイル・ローティアスの名を与えられて生活していました。タイレス族の暦で十五年になります」

 内容はあらかじめ文書によって決められたものを暗誦するだけで、イシュマイルはこれを感情も無くすらすらと声に出した。


「任務で村を訪れたガーディアン・バーツに身柄を預けられたあと、共にドロワ市に行き、祭祀官長代理であるウォーラス・シオンの確認を得ました。また同じく任務で同市に派遣されていたロナウズ・バスク=カッドと知り合い、アリステラ市を訪れる機会を得ました。そしてオヴェス・ノア族の習に従い彼の人による後見に与ることとなりました」


 フォウルはイシュマイルの声をよそに、祭壇に向かって祈るような仕草をしている。儀式の一環のようだ。

「――希望として、アリステラでの滞在の許可と、ガーディアン・バーツの任務に同行するための特別の計らいを……頂きたいと思います」


 読み上げながら、イシュマイルは複雑な気持ちになっていた。

 内容に関してはもうどうでもいいや、と思っている。しかし方便とはいえレアム・レアドの名前が一切出ていないことが、虚しかった。


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