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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十八ノ三、悪戯

 レニと入れ替わりに、執事エミルとメイドの娘が部屋に入ってきた。

 イシュマイルのための軽食と、着替えを手にしている。


 バーツは特に気にすることもなく一度退室して食堂に向かったが、この用意された着替えというのが、執事エミルの悪戯心の篭った品物だった。


 バーツが、ロナウズとその妻・ラナドールと共に朝食を済ませ、居間でくつろいで待っていると、そのエミルに連れられてイシュマイルが顔を出した。

 具合はどうだと訊くより前に、バーツや室内にいた他の者らはその趣向に唖然となった。


 現れたイシュマイルは、タイレス族の少年の衣服を着付けられて、居心地悪そうに立っていた。


 バーツが辛うじて笑いを堪えて言う。

「……馬子にも衣装、だな」

 似合ってなくはない。

 けれどやはり見慣れない。


 衣服は貴族の少年が身につける物らしく、クラシカルだが仕立ての良いものだ。

 だがイシュマイルは、立つ姿勢や振る舞いなどが貴族のそれではない。

 特にノア族の衣装ならば違和感のない長い金髪が、今は取ってつけたように合っていなかった。


「……しかし、懐かしいな。その服」

 そう口にしたのはロナウズである。

 エミルが得意気に胸を張る。

「いかがですかな。ハロルド様のお召しになっていた一品ですが、丈も丁度良い具合でしょう」


「まぁ……そういえば」

 ラナドールはそう言って、ロナウズの顔を伺い見る。

 ラナドールはハロルドに会ったことはないが、別室にあるハロルドの肖像画を思い起こして言う。


「そうね。では髪を編みこんであげましょう」

 気を利かせて、ラナドールがソファから立ち上がる。

 イシュマイルは一瞬緊張の表情を見せたが、エミルとラナドールに促されると大人しく椅子に腰掛けた。


(イシュマイルの奴……)

 バーツはなおも可笑しそうに傍観している。

 今までも何度か、タイレス族の衣服を着るようにイシュマイルに言ってきたバーツだが、イシュマイルは一度もそれには従わなかった。


 イシュマイルなりの理由があるのだから、とバーツは考えて特に強制はしてこなかったが。

(この執事、相当強引だな)

 イシュマイルの困り顔を見ると、気の毒と思いながらも笑いがこみ上げる。イシュマイルの方も、困惑はしているが着心地などはまんざらでもないのだ。


 ラナドールがイシュマイルの髪を編み上げていくと、それまで髪で隠れていた額や頬、首などがあらわになる。タイレス族らしい、しっかりとした骨格なのがよくわかる。


 エミルは、笑顔でありながらしんみりと言う。

「いやいや……しかし。ハロルド様のお小さい頃のお召し物がよくお似合いになりますなぁ。思い出されます」

 そして、こう言った。

「ハロルド様がお戻りになられたようだ」


 エミルもラナドールも、すでにゆうべのバーツとロナウズの話を聞いている。

 バスク=カッド家がイシュマイルの身元を保証するという話で、つまりはアリステラに滞在する間、イシュマイルの居場所はこの屋敷ということになる。


 エミルは気分も早々に、イシュマイルにタイレス族風の暮らしを提供したかったのだろう。そして自分でも驚くほど、そのことに懐かしさを覚えた。

 ラナドールはそんなエミルの様子を暖かく見守っている。


 ロナウズはというと、無言のまま静かに笑みを湛えていた。

 否定も肯定もしなかった。


「ふーん……」

 一人、気の無い反応を示したのはバーツだ。

 もとよりバーツはハロルドは知っているが、その幼少期の顔までは知らない。


「いかがですかな」

 エミルに改めて訊かれても、バーツは首を横に振った。

「水を差すつもりはないが……やっぱ似合わねぇよ」

 そう口にはしたが、タイレス族の服を着たイシュマイルはよく似合っている。 


 似合っているとは思うが――。

「でもお前はサドル・ノア族のイシュマイルなんだしな」

 バーツは、困り顔のイシュマイルを助けようとしたわけではないし、エミルの悪戯を咎めたわけではない。

 ただイシュマイルとハロルドを混同しようとするエミルの態度には違和感を覚えた。


「俺はハロルドの子供時代を知らないし、知っててもイシュマイルはイシュマイルとしか見えねぇよ」

 ロナウズが横から問う。

「君はそう思うのか」

「あぁ」

 ロナウズの問い方からは、彼もエミルと同じ感覚を受けているのがわかる。


 バーツはそれを否定し、ロナウズを差していった。

「お前だって。俺の師匠なんかは、お前のことをハロルドに生き写しだと言ってたけど俺にはわからねぇ。出会った時からお前はロナウズだからな」


 バーツが、ドロワ市で初めてロナウズに会った時。

 ハロルドの親族かと訊いたのは、その珍しい姓に聞き覚えがあったからだ。

 似ていないといえば嘘になるが、バーツの中では二人を同一視しない明確な区別が存在していた。

 ハロルドは、ハロルド一人なのだ。


 バーツの言葉に一瞬表情を硬くしたロナウズだったが、言葉を聞いて安心したのか、笑みを浮かべた。

「……君らしいな」

 そして主人らしく、バーツに謝る。

「勘弁してやってくれ、バーツ。エミルは子供の頃のハロルドしか知らないんだ」


 バーツが、どういう意味かという顔をし、ロナウズは説明する。

「ハロルドは、神学校に通っていたほんの子供の頃に引き抜かれて、ファーナムに移り住んだ。私や両親はファーナムまで会いに行けたが、エミルにはそういった機会がなくてな」

「へぇ」

 他市への学童の引き抜きなどは、よほど優秀でないと前例がない。


「エミルにはハロルドは子供のままなんだよ」

 ロナウズの言葉を聞き、エミルは謝辞と共に頭を下げた。

「悪ぃ、俺も言い過ぎた」

 バーツも場を白けさせたことを謝る。


 ラナドールが、沈んでしまった会話を見て、冗談を言う。

「でも。子供のままというなら、ロナウズ。貴方もそうでしょ?」

「――え?」

 不意を突かれて言葉の出ないロナウズを置いて、ラナドールはバーツに言う。


「エミルはね、先々代の当主つまりロナウズのお祖父様の時代からバスク=カッド家と共にあるの。今はお客様の前だからこうだけど、本当はロナウズも頭が上がらないのよね」

「……ラナ」

 ロナウズは、悪意のないラナドールの告げ口に苦笑いするしかない。実際、その通りなのだから。

 エミルは、ラナドールと目が会うともう一度深く頭を下げた。


 この時はこれで話は終わったが、その後のアリステラでの滞在中、イシュマイルはこの服装を続けることになった。バスク=カッド邸とアリステラ聖殿を往復する以上、ある程度の小芝居はトラブル回避の為にも必要だ。


 エミルはというとバーツの手前、言葉には気をつけるようになったが、実に浮き浮きとしながらイシュマイルの世話を焼くのだった。


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