十七ノ八、金のガーディアン
「――それで? ローゼライト」
タナトスが口を挟んだ。
「今日は龍の相について語るために、炎羅宮に来たのか?」
タナトスは、目覚めた時に比べるといくらか気分が良くなっていた。ローゼライトとの会話は、他の誰とも違って気が楽になる。
「む、そうだな」
ローゼライトは、はたと思い当たったのか考える仕草でいる。
同室していた司書の男は頃合とみてトレイを手に、席を外した。
「貴方のことだ。僕の異変を知って駆けつけたわけではあるまい」
「うむ、確かに」
ローゼライトは正直に答え、何か思い出したように指を立てた。
「そう、金龍の相だ」
「……」
タナトスはローゼライトの言葉を待って黙っている。
「――そう、かつてこの宮殿にも、金龍相の者がいた。それを思い出したのだ」
「なんのことだ?」
ローゼライトは、一度思い出すとまた話が止まらなくなった。
「ほれ、ニキア殿の妹御、あの娘はなんと言ったかな。」
「母上の妹……? あぁ、ミネヴァ殿のことか」
「そう、その娘だ!」
タナトスは、呆れたように目を伏せた。
「……ミネヴァ殿は蒼龍の相だ。確かに『再生相』と取れなくもないが」
ニキア、そしてミネヴァもタイレス族であったが、その高い潜在能力を認められ真の名、龍相を受けていた。
ニキアが『想起呼ぶ碧龍』、ミネヴァが『萌芽の蒼龍』である。
碧龍相は知恵を与える、蒼龍相は仁を説く、と解釈される。
ローゼライトが、手を振る仕草で訂正する。
「違う、違う。ミネヴァ殿ではない、その連れだった男だ」
「ミネヴァ殿の、連れ……?」
タナトスは古い記憶を遡る。
「連れの男は……たしか、ガーディアン」
連れ、という言葉にはそれ以上の意味も含まれているのだが、タナトスらにはガーディアンのご法度の掟など、あまり意味がない。
タナトスの母ニキアは、タナトスがまだ幼かった頃に謎の死を遂げている。
その十数年の後、ミネヴァ達が炎羅宮に現れた。
ミネヴァは姉ニキアの死について調べ、やがて遺志を継ごうと帝国内で活動していたが、またいずこかへと立ち去ったという。
ミネヴァ達の消息を、タナトスは知らない。
「……ううん、思い出せないな。あの男が金龍相だったか?」
タナトスは、あまり興味の無かったその男については、おぼろげな記憶しかない。
だがローゼライトは、別のことを克明に覚えている。
「金龍の相、たしかに『先駆けたる金龍の相』だ、その男!」
「先駆け、か。『再生』というイメージではない言葉だな」
「それで? その男の消息は?」
「死んだよ」
ローゼライトの淡白な返答に、タナトスは、ふっと息をつく。
「ますます意味がない。……第一」
「先ほど『対の金龍など馬鹿馬鹿しい』と言ったのはローゼライト、貴方ではないか」
「さきほどは、な」
ローゼライトはちらりと後ろを振り向き、司書の男が聞いていないことを確認して言う。
「しかし……これでわかったろう。その暴龍の相、どうにかせねば今にそなた自身を食い破るぞ」
「……」
いつになく声をひそめるローゼライトに、タナトスはローゼライトなりの思いやりを感じてか、わずかに笑みを返す。
「『天穿つ黒き龍』――か?」
そして哀れむように呟く。
「僕が金龍相を得たとして……その結果起こることは『天穿つ』……お前も見ただろう? あの塔の有様を。今度はもっと遠い天を穿つかも知れん」
「それでも金龍相を見つけろと? それが解決法になると、本気でお思いか?」
「誤魔化すな。私には分かる、以前からサドル・ムレスで何かを探しているだろう。そなたがそなたであるための、鍵だ」
龍人族が過敏なまでに龍相にこだわるのは、龍相がその人の本質をあらわにしてしまうからだろう。
通常、人の性質や思考、目的というものは外からは見えにくい。
そういったものは本来その人の言動や反応、成し得た業績や生きた軌跡などによって、透かし見えてくるものだ。
しかし龍人族の世界では『渦』にしろ『龍相』にしろ剥き出し(ダイレクト)で、個人と集団との境目が朧気なのである。
またタナトスの龍相、破壊相は暴龍相の一つとされるが、他にも暴龍相の範疇だと解釈されてしまう龍相は意外に多い。
これは集団主義である龍人族の世界において、その秩序を乱しかねない因子に対する拒絶反応の現われだろう。
マイナスのイメージを植えつけられた個体が、集団の中で生きていく困難。
それが帝国の後継者という公的な立場にあるタナトスの行動をどれだけ制約しているか……。
「――誰かを探しておるのだろう。違うか?」
ローゼライトの指摘に、タナトスは沈黙で肯定した。
「目ぼしい者は、見つかったのかね?」
「いいえ」
タナトスは淡々と答える。
「いくらか興味を惹かれる者には遭遇したが、龍相の件とは別だ」
「そうか……」
ローゼライトは、自分のことのように残念そうに俯いたが、また何かを思い出してか声を上げた。
「そう、それでその死んだという金龍相の男だが」
「ガーディアンの?」
「どうやら、ファーナム生まれではないらしい。」
「……えぇ?」
タナトスはあまり興味がもてないらしく、相槌を惰性で返している。出身がどこであろうと、それがどうだというのだろう。
しかしローゼライトは話を続けた。
「あの男の親族がまだ生きていたら同じ金龍相かも知れん。そう考えて私なりに調べてみたのだ。そなたと対になれる者となると、相当の能力を有しておらねばならんしな」
「親族――それは、例えばミネヴァ殿との間の子、とか?」
「それはない。タイレス族とガーディアンの間に子が生まれる確率はゼロに等しい」
「では、他の者が見つかったのか?」
「無論だ。それを知らせにきたのだ」
相変わらずマイペースなローゼライトに、タナトスは苦笑で返す。
本当に裏表のない男だ、と思う。
「まぁ、聞け。あの男、ファーナムではなくアリステラ、それもアリステラ貴族の出自らしいのだ」
「アリステラ、というと……あの水の宮と呼ばれる――」
ノルド・ブロスからだと、内海を挟んで真正面に睨みあう街である。
タナトスは、そのアリステラという名前に、頭の隅で引っかかりを感じつつ、ローゼライトの話を聞く。
「アリステラ貴族というのは、タイレス族の中でも古い血筋を残している。中には奴らが『適合者』と呼ぶ特殊な血筋がある。……ガーディアンの血筋だ」
「あの男の親族を見つければ、その中に金龍相を持つガーディアンがいるかも知れん、というわけだ」
「貴族か……。それで、なんという一族だ?」
「……」
ローゼライトはそこでまた黙り込んだ。
肝心の、その貴族の家名が出てこない。
その様子にタナトスは頭の隅にあったわだかまりを一瞬忘れて、笑う。
「……ありがとう、ローゼライト」
タナトスは不意に本音を口にしたが、ローゼライトはまだ考えているフリで、これを聞き流した。
「うむ。思いだせん」
「そうか」
「思いだせんが、別の用件を思い出した」
タナトスは話し疲れたのか、寝具を背中に引き寄せて凭れる。
「……用件とは?」
「無心だ。私をアリステラに遣してくれんか」
「は?」
さすがにタナトスも、これには虚を突かれた。