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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十七ノ六、縛鎖の術式

 タナトスは、あの塔に呼び出されたのだ。

 その少し前まで、タナトスは相変わらず別邸で一人過ごしていたのだが、突然炎羅宮から報せを受けて、呼び戻された。


 その内容は、驚くべきことに皇帝・アウローラが危篤に陥った、というものだった。

 タナトスはすぐに翼竜を駆って炎羅宮に戻り、父・アウローラのもとへと向かった。


 父の寝室が、いつもの塔と違うことなどその時は気にもしなかった。

 病状の安定した父が気候や気分で居場所を替えることなど、今までにもあったからだ。


 そして、とある広間を通った時。

 タナトスは、仕掛けられていた魔方陣に掴まった。


「……そうだ、あの魔方陣」

 呆然と呟くタナトスの傍に、司書の男は戻ってきてベット脇に膝をつく。

「思い出されましたか?」

 敬愛する皇太子を見上げながらも、男の表情は暗い。


 この司書の男は本来、皇太子付きの役目にはない。

 書架の管理人の一人で学者でもある。

 そのため魔道の研究者でもあるタナトスとは以前から個人的な交流があり、いわば友人の一人としてタナトスを看ている。


「そうだ、僕はあの魔方陣に掴まって……それを解呪しようと術を使ったのだ」

 タナトスは、鮮明になってきた記憶をたどりながら、ぽつりぽつりと口にする。

 何事か考える時に時折言葉を口にするこの癖は、ドロワに現れたタナトスやフェンリルにもみられた癖だ。


「扉の外に仕掛けがあるのがわかった。だから僕は……外から仕掛けを外そうとして……」

 術を使った。


 自らの分身を作り出す術。

 タナトスが得意とする魔術の一つである。


 その術で部屋の外にいるだろう人、あるいは物、ともかく何でもいいから操って、扉の仕掛けを解こうとした。

 しかし。

「途中で、意識が遠くなった」

 覚えているのはそこまでである。


「……なるほど。そうでしたか」

 司書の男は、その短い説明で事態をある程度、把握したらしい。

 何度もゆっくりと頷いた。


「……僕に何があった?」

 タナトスは、もう一度同じ問いを繰り返した。

 そして、続けて問う。

「僕が、あれをやったのか?」


 タナトスは塔ではなく、司書の男の顔を見てそう尋ねた。

「おそらくは……」

 司書は静かに、もう一度頷きながら答えた。


 タナトスは深く溜息をつくと、ベッドに再び倒れ込んだ。

 長い銀髪が、寝具に施された豪奢な刺繍に絡むように、乱れ流れる。タナトスは何か考えるでもなく、ただ紫色の瞳で天井から下がる装飾を見つめる。


 司書の男には、通常見ることのないタナトスの疲弊した姿だ。

 男は静かに口を開いた。

「殿下。事態はそれだけではないのです。実は――」

 司書はタナトスが意識を失っている間に、臣下の間で起きつつあることを知らせようとしたが、その時。


 誰かが隣の部屋で、壁を軽く小突いてノックの代わりとした。

 司書がその場から振り返ると、ちょうど視線の先に見慣れない初老の男がいるのが見えた。


 ローゼライト・アルヘイトである。

 勝手に扉を開けて入室しており、タナトスと司書の姿を見つけて、音で知らせたらしい。

「あの、貴方さまは?」

 ローゼライトの風体に、司書は多少訝しく思いながら立ち上がる。とてもタナトスを見舞いに来た人物とは思えなかった。


「おや……これは、我が英邁たる甥子殿よ。気分が優れぬようだな」


 ローゼライトは司書を無視して大袈裟な口調と身振りで両手を開いたが、その手にはまだ広間で拾った瓦礫が握られている。

 タナトスは、司書の手を借りて緩々と起き上がった。


「……ローゼライト」

 タナトスは、年長のローゼライトをそういって名だけで呼んだ。ローゼライト自身がタナトスにそう呼ばせている。


「何をしに来られた。貴方にしては、タイミングが良いな」

 タナトスは皮肉とも取れる言葉を口にしたが、ローゼライトは意にも介さないようだ。


 ローゼライトは、勝手に椅子を一脚片手に持つと、ベッド脇へ来て椅子を置いた。

 そして持っていた広間の瓦礫を脇机に置き、自分はその椅子に座ってタナトスと語らう体勢になる。


(なんだ? この人は)

 司書は少なからず困惑してローゼライトを見、脇机に置かれた泥のついた瓦礫に目をやる。

 それまで迷惑そうにしていた司書の顔が、驚きに変わる。


 瓦礫は家具の一部に偽装されているが、ジェム・ギミックの部品であるのが見て取れた。

 あの広間に仕掛けられ魔法陣を発動させたジェム・ギミックの一部であることは、想像に難くない。


「……縛鎖の術式。この術を、よりによってそなたに掛けようという者がいるとはな」

 二人の視線が瓦礫に注がれていることに気付き、ローゼライトはそう説明した。


「甥子殿が才気溢れる幼子の頃、初めて研究し再現に成功した古代魔法がコレだった。……まぁ今回の犯人がそれを知っていたかどうかはわからんがね」

 タナトスにとって魔術研究者としての第一歩になった術である。


「ところで。肩、どうかしたのかね?」

 ローゼライトが笑みを収めると、人が変わったように鋭い視線になる。

 タナトスは礼儀上ローブの袷を直したが、ローゼライトは何かに気付いたようだ。


(この人には……わかるのか)

 司書は当初の印象を改める感想を持った。


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