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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十七ノ四、雪の魔女

――ノルド・ブロス帝国。

 帝国の都と、その中心となる炎羅宮殿の周辺に雪が舞った。


 炎羅宮レヒト周辺に住む人々、龍人族、タイレス族、ノルド・ノア族の人々はこの雪に驚き、そして囁き合った。


『雪の魔女』が炎羅宮に現れたのか、と。


 龍族の宮殿・炎羅宮は、その名の通り帝国内では暖かく、雪は降らない。

 これは魔道の雪なのだ、と。

『雪の魔女』は帝国内では伝説的な、そして畏れをもって語られる魔人の一人である。

 レコーダーの伝承と似て、かの魔人が気配を現す時何がしかの異変が起こる。

 帝国の民は、怪事を恐れた。


 果たして、帝国に雪が降る少し前。

 炎羅宮レヒトで、事件があった。


 宮殿の居住区付近に黒い古代龍が現れ、塔を破壊したという。

 その黒い龍は、本物の龍ではない。

 影のような姿で実体がなくただ闇雲に中空をのた打ち回り、その一部は『渦』に強く干渉した。


 それは遠くアリステラで、四辻に幻が現れた時期とも符号する。


 その頃、三皇子の次兄・カーマインは北部地方に竜騎兵団と共にあったが、急遽事態に対応すべく炎羅宮に戻った。

 カーマインと彼に従う一団が炎羅宮で見たのは、帝都を白く染めた雪。黒い岩肌を持つ天然の要害が、魔道の雪で斑に白く染まっていた。


「これは、どうしたことだ」

 カーマインは数名の側近を連れて宮殿内に入ったが、いたるところで破壊の余波を目にした。頑丈なはずの宮殿内の窓にも損壊の痕がある。


 もっとも酷かったのが内宮付近にある居住区で、ひときわ高くそびえていた塔が見るも無残に崩落していた。


「父上――いや、皇帝陛下はご無事だろうな? 兄上は今どちらだ?」

 カーマインは炎羅宮にあって状況を把握しようとしたが、そのカーマインに小声で話しかける者たちがいた。


「殿下、今塔にお出でになってはいけません」

 崩落した塔の周囲に行くな、と彼らはしきりにカーマインを止めた。

 危険だからではない。

「何があったのだ、この有様は!」

 カーマインは、彼の信奉者とも言える者たちに宮殿の一室に引き込まれ、仔細を聞く。


「タナトス、皇太子殿下です」

 一人の男が、声をひそめて訴えた。

「……兄上?」


「あの惨状をもたらしたのは黒い影のような龍でした……あの塔の内からいきなり現れ、暴れまわって――」

 その場を見ていた者が口々に言う。

「炎羅宮を見張る守護龍らがこれを留めようと宮中に現れましたが、手が出せず――」

「その直後に、あの雪です。『雪の魔女』がこの現状を見かねて助太刀してくださったものかと……」


 カーマインが北の地で受けた報告とは、若干違っている。

「私が聞いたのは宮殿が竜族の襲撃を受けている、という報せだけだ。なぜこうも報告が違っているのだ」


「ですから。あれは竜族ではなく、龍相の精霊、龍の精――それがタナトス殿下の身のうちから離れ、暴走したのです。あれこそがタナトス殿下の本性であったと、みなが怖れておるのです」

「……なに?」

 カーマインには俄かに信じ難い。


『龍の精』とは魂の一部を指す言葉で、それが身体から離れて暴れるなどと、聞いたことがない。


 横から、腰に剣を佩いた将がきっぱりとした口調で言う。

「皇太子殿下が、宮殿内で魔術を行使されたことは疑いようがない。あの黒き龍が宮殿に攻撃をしかけたのは事実です」

 カーマインには言葉が見つからなかった。

「……確かに、兄上の『龍相』は黒き龍である。しかし」


「問題なのは」

 将が続ける。

「その黒き龍が、『渦』にまで影響を与えたことです。現に『渦』に傷がついた、と龍族らが激しく怒っております」

「『渦』にまで、か」

 たしかに生身の竜族や龍族がいくら暴れても、渦に傷を付けることはできない。


「殿下。皇太子殿下の『龍相』は……暴龍なのではありませんか?」

 初老の男が、はばかりながらも口にする。

「タナトス皇太子殿下の龍相、真の名を、お伺いしたい」

「……」

 カーマインは、すぐには答えなかった。


「……兄上の龍相は、黒き龍。掟を遵守し国を守る相が、兄上の運命だ。誰でも知っておろう」


 タイレス族にも、似たような考えがある。

 道標の神・星神が司る、その人の運命を示す星名を人々は敬愛する。

 かつてロナウズはレコーダーに囚われの星と呼ばれ、シオンは導きの星と啓示を受けた。


 しかし龍人族の場合はもう少し意味合いが重い。

『龍相』は龍人族が、龍族にその能力を認められた時に授かる真の名であり、その人物の役割や宿命を短い言葉と色彩で形容する。

 それは『渦』に触れることの出来る証でもあり、名前以上に意味がある。魂そのものの一部だからだ。


 龍人族の社会で生まれた者であるならば、アウローラやレアムのように、その資格を捨てた者にも『龍相』は存在する。

 また一部のタイレス族やノア族でも、能力を認められた者ならば授けられることもある。タナトスの母・ニキアなどがその例である。

 それだけに『龍相』が龍人族に与える影響は少なくない。


「タナトス殿下の龍相が破壊相であるならば、帝国に百害をもたらします」

 誰かが発したその言葉に、カーマインは周囲の者を睨みつけた。


「口を慎め! 未来に破壊があるのは当然ではないか。父上も灰燼と化したレヒトを再興するために、古よりの慣習をことごとく破壊したではないか!」


「殿下と陛下では、相が違いすぎます!」

 男が声を高くした。

「暴龍の相がもたらす破壊は、破壊だけなのです。よろしいですか? 破壊相には、その対となる再生相の者が居なくてはなりません!」


 横から文官らしき男が補足して言う。

「……実は、我らが独自に託宣を立てましたところ」

 男は遠慮がちに口ごもりながら言う。

 皇太子の龍相を臣下が窺うなど、本来はあってはならない行為だが、この時は人々の恐慌が抑えきれず、非公式に行われたのである。


「……結果は?」

 カーマインは怒りを覚えながらも、声音だけは穏やかに問う。

 その紫の瞳が、今は燃えるような赤い光を湛えている。

 文官が報告する。

「タナトス様に必要とされます再生の者は『金龍相』を持つ者。金龍とは、変化や改革を呼ぶ相であります。しかし……」


 文官が言葉を続けるまでもなく、タナトスの周囲にこれに該当するような『再生相』と『金龍相』を併せ持つ者は見当たらない。

「居ない……?」

 カーマインは、初めて愕然とした表情で視線を落とした。


 カーマインの相は『赤き龍』なのである。

 よもやここにきて、タナトスに必要とされる人物が自分ではないと思い知らされるとは。


「……」

 言葉を無くしたカーマインを、その信奉者たちが見つめる。

 酷く迷信に囚われているように見えるが、これが龍人族の世界観なのである。


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