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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十七ノ三、地竜

 実のところ、選抜試験の詳細よりもヘイスティングのおかしな名乗りの方が頭の隅に引っかかってしようがないのだ。

 一同はこう思っている。

『ヘイスティングといえば白騎士団所属でガレアン家の息子のことだろう? 市警団の団長など、他の誰が成れるものか』と。


 しかしヘイスティングは多くは答えなかった。

「生憎だが、俺は今この場の仕切り役のために前に引き出されただけだ。それに、団長を決めるのは我々ではない」

「じゃ、誰が……?」

 ヘイスティングの言葉に、居並ぶ者たちもざわついた。

 皆の中に『どうせお偉い人でも来るんだろ』という白けた空気が流れたが、ヘイスティングはこれを予測していた。


 ヘイスティングは、後ろにいた兵士に合図を送りつつ、声を上げる。

「百人の竜騎兵、そしてその団長の適正を確かめる者は、俺たちでもなければ評議会でもない。しかし我こそはと思う者は、誰でも名乗りを上げよ!」


 ドロワ市の城門から、低く響く音がする。

 ジェム・ギミックの稼動する音が響き、騎兵用の大扉がゆっくりと開いた。


 大扉が開ききる前に、人々の驚く声が上がる。

 その大きさに、前列だけでなく目にした皆が驚愕の声を上げた。


 大扉の向こうには、巨大な竜が居た。

 騎士団などが騎乗する土竜よりも一回り以上大きく、何より首が長いので巨大に見える。

 頭は土竜より小さいが、土竜のような愛嬌がなくいかにも恐ろしげな姿だ。


「――地竜だ」

 ヘイスティングは短く紹介する。

 地竜には鞍やみ、手綱がすでに付けられており、それを複数の人間が抑えている。

 彼らはノルド・ブロス帝国から地竜と共に来た訓練師たちである。


 ヘイスティングは、地竜を見ながら説明を続ける。

「見ての通り、土竜よりも大きく気も荒い。土竜たちは、この地竜に従う。……もうわかるな?」


「この地竜を乗りこなした者が、即ちドロワ市警団を統括する者となる!」

 ヘイスティングは志願者たちに向き直ると、声を高くしてさらに続けた。

「我らが市警団にはこの地竜が三頭、配備される。一人の団長と二人の副長に宛がわれる予定だ」


「言うまでもないが、こいつに認められること容易くはないぞ。ドロワ市に配属された地竜は、聖殿騎士団のものと合わせて計十頭。そのうち何頭が乗り手を得るか、それはわからん」

 ヘイスティングは、実情を包み隠さずに言う。

「誰も選らばれない可能性もある。その時はノルド・ブロス帝国は今度は人間をよこしてくるだろう。そうなれば市警団も聖殿騎士団も――帝国の武力となってしまう」


 当然、聞いてきた者たちはざわついた。

 が、ヘイスティングは構わず包帯の巻かれた片手を挙げて言う。

「俺は、今はこの通りのナリだが、この試練を受ける。そして乗りこなすつもりだ」


「お前たちも腕に覚えがあるなら地竜に挑んでみよ! そもそも此処に集うた者ならば、全員にその心があるはずだ」

 ヘイスティングの生来の熱血ぶりが、ここではいい方向に向いた。すでに志願者たちの気持ちを一つに纏めつつあった。


「市警団員を志す者ならば、誰であれ挑戦して良い。――では、行くぞ!」

 ヘイスティングはそれだけ言うと、壁石から降りて歩き始めた。

 行く先はドロワ城である。

 それまで聞いているだけだった志願者たちも、あとに続いて歩き出した。


 そして彼らは、前を歩くヘイスティングの背中に既視感を覚える。

 のちに彼らが見る団長の背である。


 ヘイスティングは聖殿騎士だったころ、そして市警団長になってからも先陣を切って突進していく癖は抜けず、市警団員たちもその後姿を見ることになる。

 そんな無茶な所が素人の集まりだった団員らには分かりやすいものとして映った。


 ともかくも。

 地竜の横を通りながら、志願者たちは改めてその大きさを前に見上げている。地竜の姿はいかにも、いかめしい。

 けれど今感じるのは恐怖よりも、形として見えつつある新しい集団、それが生まれてくるという興奮だ。


 目的が同じ者の集う自警団、それがドロワ市警団であるという予感。

 その創設に城主セリオ始め、様々な階級の者たちが参加しているという実感。過日の月魔騒動で辛い思いをした後だけに、喜びもひとしおである。


 四百人もの応募者の適正を見るにはその後数日がかかったが、ドロワ城の関係者は我慢強くこれに付き合った。


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