十七ノ二、適正試験
――ドロワ市。
ドロワ貴族にも社交界というものがあるが、最近の話題の一つがガレアン家の三男坊と何某という貴族令嬢の婚約が破談になったことである。
聖殿騎士、特に白騎士団など貴族出身の若者には大抵、家同士で決められた婚約者が居る。
多くは相当に年齢差があり、娘らがその年齢に達するまで待つことになるので成約、破談は珍しいことでもないのだが、今回は別の件もあってよく人の口に上った。
ドロワ城主セリオの存在である。
ドロワ市には長らく市警団というものが存在しなかった。
今回新たに市警団を設立するに当たって、資金の多くを出したのはドロワ城主のセリオである。
ドロワ貴族たちはこれに対しては複雑な態度をとる。
資金を出させることでその力を削ぐ狙いもあるが、城主であるセリオが軍隊を持つことを危険視もしている。貴族たちの意見は分かれたが、総体では反対の姿勢を取っていた。
名門貴族でもあるガレアン家もその流れに逆らわず、市警団に入団した息子を勘当したという。
当のヘイスティング・ガレアン自身、聖殿騎士を退団して以来ガレアン家とは距離を置いていた。
計らずも新設市警団の団長を任されるにあたり、他の団員らに溶け込もうと努力するヘイスティングだったが、最初から乗り気で始めたわけではない。
――話は遡り、ドロワ市に市警団が発足する少し前のことである。
まずは団員の適性を見る試験が行われた。
ドロワ市内外の市民に告知がされ、当日はドロワ市の城壁の外に応募者が集められた。
指定された時刻になり、城壁の鐘が響くと同時に通行門が開いて、十数人の役員らしき者たちが出てきた。
集まった志願者たちは自然と皆がそれに注目したが、最後に二人の祭祀官を伴って現れた男を見て、少なからずどよめきが起こった。
現れたのがドロワ市ではそこそこに顔と名の知られていた騎士ヘイスティング・ガレアンだったからで、この場を仕切る役目を帯びていることは、誰の目にも明らかだった。
ヘイスティングが白騎士団を退団したことは、誰となく口に上っていた。
そして市警団発足の話が広まると、今度はそれが騎士を辞めた本当の理由ではないか、とも囁かれていたからだ。
レニとの一件は、何かと尾ひれがついて市民の噂になっていた。
噂を広めたのは、もちろん例の情報屋の老婆である。彼女は貴族嫌いではあるが、ヘイスティングのことはさほどでもなく、何より話題性があればどんな噂も『商売』にした。
ドロワ市民の中では、先日の月魔騒動の黒幕がファーナム騎士団であるという認識が広まっていたが、そのファーナム市に対しドロワ市の評議会が行動を起こさなかったことを市民らは歯痒く思っていた。
そこへ、唯一白騎士団が食って掛かったという話が飛び込んできた。
結果は惨敗だったが、それも情報屋の老婆が良いように話を変えて噂として広めた。
その噂話の中には、その場には居なかったはずのシオンが加勢として出てくるなどかなり出鱈目なものもあったが、その武勇伝を聞いた市民らが「よくやった」と手を叩いたことだけは確かだ。
ヘイスティングは、そういった見えない声に背中を押されて、上手く市警団設立の中心に踊り込むことになった。
試験当日のヘイスティングはというと、見慣れた騎士団の制服ではなく、また顔にも肩にも包帯が巻かれたままで、相変わらず厳しい表情だった。
元々短気で気難しいのが顔に出ている性質だが大怪我の痕跡は見るも痛々しく、ヘイスティングが志願者の前へと歩み出ると、皆が視線を一つに静粛にした。
注目の中、ヘイスティングはやや高くなっている壁石に上り、片手を挙げた。役員も、志願者たちも姿勢を正してヘイスティングの声を待つ。
張りのある声が、城壁に響く。
「俺は! ドロワ城主セリオ氏の御命により、本日諸君らの先導を受け賜ったヘイスティング・ルネーである。……俺の名は覚えなくていい」
聞いていた者たちが、今なにか聞き間違えたのか? と考える間を与えずヘイスティングは畳み掛けた。
「まずはここに、四百数余名の志有る者が集うてくれたこと、喜ばしく思う!」
「挨拶は抜きだ。これよりドロワ城内に移動し、各自適正を見るための試験を受けて貰う。ドロワ市初の市警団、その竜騎兵を選抜することを第一とする!」
改めて、場の空気がざわめいた。
試験があるのは知っていたが、城内に入ることが出来るとは予想外だ。
ヘイスティングは次々と説明を続けた。
「まずはこの中から、三百人ほどに絞る。さらに、この内の百人が竜騎兵となり、残り二百人は各種専門部隊と後方支援要員となる」
選考に落ちた百人以上の者たちも、何がしかの仕事は割り振られるだろう。市警団の要は有志の市民らのやる気だけだからだ。
「なおこの作業には、ドロワ城内の衛兵隊が協力する。また、市警団の団長も同時に選ばれる。――何か質問はあるか?」
最前列で、恐る恐ると片手を挙げる者がいた。
「なぁ、あんたが団長じゃないのか?」
ようやく一人の男が口を挟み、周囲の男らもそれに同調するように何度も頷いた。