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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十六ノ七、ロブロ

 ノックの音がアカルテルのものでないのは、すぐにわかった。

 アカルテル本人がノックすることは滅多にないし、したとしても性急に、入室と同時にする。


 扉が静かに開き、まず秘書の女性が現れた。

 そして彼女はアーカンスに一礼すると、廊下にいる人物に入室を促す。


 入ってきたのは、アカルテルとは別の小柄な評議員だ。

(――イオムード・ロブロ!)

 アーカンスは驚き、ソファから立ち上がる。


「これは……クライサー・ロブロ。ご無沙汰しております」

「いえいえ」

 ロブロと呼ばれた評議員は華奢な体付きの男で、終始ニコニコしていて物腰も柔らかい。アーカンスと並んでもまだ小さく見える。


 昔、月魔に襲われて足を痛めたことから常時杖を使っており、アーカンスはロブロがソファに座るのを手伝った。

「いえね。馴染みの工房の者がまた義足を改良してくれたんですがね。ちょっと稼動音が耳に障るんですよ」


 ロブロは評議員の立場からも、こういったギミックを使った医療器具の開発を後押ししている。昇降機や動く回廊などという大作りな物ではなく、もっと身近で精密な品こそが必要だと常に口にする。


 そのため、以前のロブロは評議会の中で『解放派』に属していた。

『解放派』とは、聖殿の厳しい掟からの解放を望む考え方で、隠された技術をもっと表にすべきだ、と主張する一派である。

 アーカンスの従伯父アカルテルも、『解放派』である。


 しかし近年になって、ロブロは突然に『神聖派』に転向した。理由などは定かではないが、明らかな裏切り行為であった。

 そのため、アカルテルとは疎遠になっていたのである。


「驚いていらっしゃるようですな」

 ロブロは穏やかな笑みを崩さず、アーカンスに問う。

「いえ……御一家と我がルトワ家が親しく付き合うのは当然のこと。政治的な話は抜きです」

 アーカンスはそう答えたが、内心ではやはり訝しく思っている。

(何故……ロブロ氏が従伯父上のところに?)

 それもアカルテル本人より先に現れるとは。これはアカルテルも了承済みと考えるのが普通だろう。


「政治的に、は心外ですな。ルトワ殿は解放派ではいらっしゃるが、神聖派にも理解がおありだ」

 秘書が、ロブロに飲み物を持ってくる。

 アーカンスはロブロの真意が掴めず、ただその様子を凝視している。


 ロブロは言う。

「いずれ……ルトワ殿には神聖派の一翼を担って頂きたい。長らくファーナムに貢献なさってきたルトワ一族には、その権利がおありだ」

 その言い方は、暗にルトワ一族が元はウエス・トール出身の外様であることを含んでいる。


「それに」

 ロブロは煎じられた茶を、優雅に愉しんでいる。

 この腹黒さを裏に隠した人良し顔が、ロブロという人物である。


「我が息子殿にも、長らくお待たせしてすまないと思っております」

 我が息子とはいずれ義理の息子になるだろう人物、つまりアーカンスのことを意味する。

「これで、我らは同志として連帯を強められる」

(諮られたか?)

 アーカンスは絡め取られたことに気付き、内心で空恐ろしさを感じた。

 このロブロという男は、アーカンスの婚約者の養父なのである。


 ロブロの目的は単純であった。

 アーカンスの存在を利用すれば、両家を婚姻の鎖で縛ることも出来る。

 神聖派のシンボルもまた、守護を象徴する神聖な鎖である。


 ルトワ家の帝王、アカルテル・ハル・ルトワが、アーカンスの留守中に何がしかの理由で神聖派に転向したことは間違いない。

 アーカンスの知らない所で、予想以上の速さで事態が変化していく。


 室内の空気が緊迫し始めた時。

 扉が開いて突然に、当のアカルテルが入室してきた。後に続いた秘書が急いで一礼、退出し扉を閉める。


 アカルテルは部屋に入るなり、その鋭い眼光で室内を一瞥する。

 彼の下で働く者は、この毎日頻繁に行われる主のチェックに戦々恐々としている。期待にそぐわない時は即時降格ということもある。


 アーカンスは従伯父をして『帝王』と表現したが、その帝王の息子たちなどは『暴君』とまで言っている。実際その暴君に反抗して出奔した者もいた。


 アーカンスは黙って立ち上がり、アカルテルに騎士らしく一礼した。

 アカルテルは顎を上げる仕草で答える。

「ふむ、元気そうだな」


 ロブロは椅子に腰掛けたまま、身体を捻るようにして挨拶する。どうやらすでに話は済ませてあったようだ。

 アカルテルは他人を威嚇するような足音と共に室内を歩き、自分の椅子に腰を下ろした。

 アーカンスはまだ立ったままでいる。


「……ふぅむ」

 アカルテルはまた唸った。

 アーカンスを凝視していたが、やがて感想を口にした。

「やはり、儂の判断には間違いはなかったな」


 アカルテルは言う。

「聖殿騎士団に入れるのは、お前ではなくアーウィンにすべきだと言った者が少なからず居たが――見ろ。ちゃんと聖殿騎士に見える」

 見える、とは酷い表現ではあるが、アカルテルには些事である。


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