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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
156/379

十六ノ五、魔道

「イシュマイル!」

 レニが、振り向いて名を叫ぶ。


 イシュマイルは返事も出来ずに座り込んでしまっていて、呆然とした表情のままだ。

 レニは駆け寄り、両の肩を掴んで再度名を呼んだ。

(冷たい……っ?)

 イシュマイルの体は冷え切っている。


「……レ、ニ」 

 イシュマイルは、呟く。

「タナトスじゃ……ない」

 そしてイシュマイルは、レニの胸に倒れこんできた。

 レニはその冷え切った体を抱きかかえてやりながら、怒りを抑えきれずにいる。


「くそっ。オレのせいで……っ」

 レニは、自分が四辻で術を使い、エネルギーの流れを刺激したせいだと考えた。


 その時、駆け寄ってくるバーツの姿がレニの目に入った。バーツはすでに雷光槍を手にしている。雷光が遠目にも明るく見えた。

「イシュマイル! レニーっ!」

 レニの発した危険の知らせを、バーツは受け取って駆けてきたのだ。


 レニとイシュマイルは、まだ辻の傍らで座り込んでいたが、バーツは周囲に敵が居ないことを見て、まずは武装状態を解除した。


「何があった」

 大丈夫か、と問う前にバーツはそれだけ言った。

「タナトスだ」

 レニは短く答える。


「タナトス? てぇと、ノルド・ブロスの?」

 バーツは意味が分からず、その名から真っ先に連想する人物を挙げた。

 だが、レニは確信をもって「そうだ」と頷く。

「どういうことだ?」

 バーツは、二人の傍らに来て、屈み込んでイシュマイルを看た。イシュマイルはまだ、レニに凭れ掛かったままだ。


「皇太子タナトスの……影だ」

 レニは繰り返す。

 意味の分からないバーツは、イシュマイルの額に手を置きつつ、レニの顔を見るだけだ。


「聞いたことがあるんだ」

 レニは言う。

「皇太子タナトスは、幻術を得意とするって……。ただの幻じゃなくて、その影に殺された奴もいるとか」

「……聞いたことねぇな、そんな術」

「オレだってしらねぇよ。でも、今のがそうだとしたら――」

 レニは、イシュマイルの顔色を見る。


「この辻の膨大な魔力を使えば……いや使えれば。本当にそんな真似も出来るのかも」

 レニは再び悔しそうに言う。

「オレが……またオレのせいだ。今度はイシュマイルが危ない目に……っ」

 レニは普段口にはしないが、ドロワ市での出来事に強い後悔を抱えている。


「でもお前が助けてやったんだろ」

「そうじゃねぇよ!」

 レニは苛立っている。

「オレのせいで、イシュマイルが奴らに見つかったって言ってるんだ!」


「あの影が……たまたま辻に現れて鉢合わせしたのか? 違うだろ、最初からイシュマイルを狙ってたとしたら……そこが問題だろ?」

「……考え過ぎじゃねぇ?」

 バーツの言葉に、レニは頭を振る。

「――お前らファーナムが、レアムに対抗する駒としてイシュマイルを持ってるんなら! 奴らがそれを知って手出ししてくるのはわかってただろ!」

「……」

 バーツは、そのことに関しては反論できない。


 レニは言う。

「タナトスはただ幻術が得意なだけじゃない、魔道の研究者としても知られてんだ。それが龍晶石に関わることなら、アリステラの辻のことだって把握しててもおかしくはねぇだろ」

「龍晶石? ジェムのことか」

 バーツの問いに、レニは頷く。

「もし、龍脈を使って敵地のド真ん中で一点攻撃が出来るんなら――。大掛かりな戦なんて要らない、そうだろ?」

 レニの言葉を、バーツはすぐには受け入れなかった。

「それは仮定の話だ。ただ、それが不可能じゃねぇことを向こうさんも気付いたかも知れないってんなら――それは認める」


 レニは、再び視線を辻に流した。

 そして彼らしからぬ疲れたような声で言う。

「龍晶石の流れ……龍脈が交差するなんて、普通は有り得ない」

『龍脈』とは、レニのいうエネルギーラインのことだろう。


「渦を覗いてて気が付いたんだけど……各地に十二ある聖殿は、本来一本の流れの上にあるはずのものだった」

「……」

 その流れというのが、今三人がいる『旧・交易街道』と呼ばれる場所だろう。


「でも、サドル・ムレスには、それが二本ある。外海側のファーナムと、内海側のアリストラを、それぞれ通る」

 レニの言葉を、バーツはただ聞いているしかない。


「それから、もう一つ。十二聖殿からアール湖の中心に向かって、十二本のラインが集まってる……ファーナムから来てるラインが、ここ」

 レニは、旧街道に交差している辻道を指差して言った。

「交差してる……」


「それって、まずいことなのか?」

 バーツはただ訊くしかない。

 レニも正確には理解していないのか、頭を振るだけだ。


「大地の上で暮らす人間の生活が、流れのバランスを狂わせたんだ。たぶん、龍晶石ジェムを使ったり掘り起こしたりしてきた、長い時間が」

「……」

 バーツは、それには特に何も言わなかった。


 少なくとも、今突然に現れたタナトスの影とやらと、タイレス族の長い生活習慣が直接繋がっているとは思えなかった。


 レニはなおも畳み掛けて怒鳴る。

「この上は! あんたはイシュマイルを連れてとっととウエス・トールに行けよ。オレは、ここに残って奴を防ぐ」

「まぁ待てよ、レニ」

 バーツは、とりあえずとレニを宥める。


「大体お前、イシュマイルに付き従うって誓ったのはついこないだのことじゃねぇか。お前が居残ってどうするんだよ」

「……うるせぇな」

 レニはそれを言われると答えに窮し、声を低くする。

「でも、時間がねぇんだよ」


「時間、なぁ」

 バーツも思案して髪を搔く。

「そんなものは、はなっからねぇよ。それよりレニ、イシュマイルを護るのがお前の役目なんだろ」

「……」

 レニは答えない。


「ともかくもだ。屋敷に戻ろうぜ、イシュマイルもこのザマだし。レニ、背負ってでも連れて帰ろうぜ」

「……わかったよ」

 レニも、不承不承従った。


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