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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十六ノ三、囚われの子

「子供の頃、ここで幻を見た」

 それはロナウズの幼い頃の話である。

 今のイシュマイルの年齢よりも下、ロナウズの息子よりもまだ小さい頃のことだと思われる。


 その日、彼は屋敷の者たちの目を盗んで外へ出ようと庭を抜けた。しかし生垣の境まであと少しという所で、眩暈を覚えて座り込んでしまう。


 幼少時のロナウズにはこういった症状がしばしばあり、他にも幻覚や幻聴、記憶の混同、予知を含む超知覚、そのほか子供部屋での異常など、不可解なことが実に多くあった。


 当時のロナウズに起こっていたのは、ガーディアン適合者特有のものだ。

 コントロール出来ない不安定な力は、最初はこうして本人の、そして家族の心身を痛めつけるのである。


 バスク=カッド家の当主だった祖父はそんな孫を『病弱』と称して屋敷内で育てていた。けれどそれは体面を繕ってのこと。

 それはアリステラ貴族特有の暗い慣わしでもある。

 一族に適合者が出ると秘密裏に自邸や聖殿に匿い、ガーディアンには渡さないというものだ。祖父もそんな古い慣習に従う厳格な男で、早くから兆候のあった孫のロナウズを隠すようにして育てた。


 レコーダーはそんなバスク=カッド邸に唐突に現れ、ロナウズの前にだけ姿を現した。そして、ロナウズを指差してこういった。

「囚われの子よ」と。


 イシュマイルには、その時のロナウズの様子がよく理解できる。

 レコーダーとの邂逅は、夢か幻としか思えない。

「――レコーダー……。ロナウズさんも会ったことがあるんですね」


 イシュマイルの言葉に、ロナウズは驚きの表情で振り向く。

「『も』ということは、君も会ったのか?」

「うん」

 イシュマイルは頷き、芝生の上に屈んでみる。そしてレコーダーが居たのであろう場所を見ながら言う。


「僕たち、一人ずつでも面白いけど、二人居るともっと面白いって」

「僕たち?」

「あの時、僕ともう一人居たんだけど……レコーダーにそう言われた」

「……」

「どういう意味なのかわからないけど、そこだけ妙に頭に残ってて――」


 ロナウズは、しゃがんでいるイシュマイルを見下ろしている。

 そして思う。

 それはレコーダーの予言なのではないか、と。


「そうか……幻などではなかったか」

 ロナウズはまたぽつりと言った。

 イシュマイルが問う。

「ロナウズさんは、他には何て言われたんですか?」

「私か?」

 レコーダーは、ロナウズを指して『囚われの子』と評した。この言葉には複数の意味と、続きがある。


 ロナウズは今まで誰の前でも口にしなかったことを言葉にした。

「囚われ、つまり縛られている、と。幾重にも」

「ロナウズさんが? なにに?」

 イシュマイルが見上げる。

「それは色々さ。残念だが囚われ縛られるが私の運命だ、と」


「ただその男が言ったことには、私は囲い込まれて生きているが、私もまた囲い込んで生きている、と」

「どういう、意味です?」

 イシュマイルの問いに、ロナウズは答えない。

 代わりにロナウズは、レコーダーの言葉を繰り返した。


「もし、囲い込んでおくことが出来なくなったら――自分を呼べ、と」

(レコーダーを?)

 出来るのか、そんなことが……とイシュマイルは意外そうな表情で見上げている。

 ロナウズは、答えるでもなくただ頷いた。


「ただし、これには条件があるんだ。 『今ある全ての物と引き換え』に『力を解放してやろう』と、そう言っていた」

「力を…?」

 イシュマイルは、レコーダーの言葉に引っかかりを感じた。


「その男は言ったよ。自分は、アリステラの街が気に入った。壊すには忍びない、とね」

 イシュマイルは、その言葉にぞくりとする。

 壊すのはレコーダーなのか、それともロナウズのことなのか。

 たぶん、後者だろう。

 レコーダーの言っていることは、恐らく適合者の暴発のことを指している。


 だとしたら『全てと引き換えに』『力を解放する』とは、ガーディアンの掟に従うことを指すのも知れない。暴発を防ぐ唯一の方法は、正式な訓練を受けてガーディアンに成ることだ。

――今持っている、全ての物を捨てるということだ。


 ロナウズは続ける。

「あの男はこうも言った。私のことは『別の記憶の引き出しに入れておいてやる』と」

 レコーダーらしい、ユニークな表現である。


「もう一つ、予言めいたことも言った。私は恐らく解放は望まないだろう、と。何故なら私の生まれ星は『囚われの子』だから、と」


 星、という言葉は個人の運命や生き方などを、道標の神である星になぞらえて表現する時に使われる。これはタイレス族はもちろん、龍人族やノア族にも似たような風習がある。


 この言葉の直後、レコーダーは不意に姿を消してしまい、会話はここまでだった。ロナウズを探して屋敷の者が庭に出てきたからである。


 ロナウズは言う。

「あれ以来、時々ここでこうして思い出してみるんだ。あれが幻だったのか、それとも……願望が見せた夢だったのか、とね」

 それが現実のものとわかった今も、状況は変わらない。


 囚われ続けることは、抱え込み続けることも意味する。

 今でもロナウズは、適合者特有のメリットとデメリットを抱えて苦悶してるが、それを抑えておけるのもバスク=カッド家への義務と執着がある為だろう。


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