十六ノ二、昔語り
ラナドールは貴族女性らしく、会話を楽しんでいる。
「あの当時、祭祀を司っていたのが族長が私の祖父でしたのよ? 私もよく傍にいて手伝っていたから、貴方を覚えていたの」
「……」
バーツの脳裏に遠い記憶が蘇る。
「――そういやぁ、確かに同じ年頃の子が何人かいたのを覚えてる。あのどれかがあんただったのか」
「そうね」
バーツはまた髪を搔いた。
「悪ィ、ぜんぜん覚えてねぇ」
ラナドールは、バーツに微笑みを向けている。
「でしょうね。貴方は他所の街から来た男の子で、私たちは興味津々だったから……。でも晴れ着があまり似合ってなくて。言葉もまるで通じなかったの」
昔語りに、バーツは苦笑いするしかない。
ラナドールは、少し話の方向を変えた。
「でも、貴方の言うとおり……不思議な縁ですわね。貴方はオヴェス・ノア村を出てファーナム市に行ったけれど、そのオヴェス・ノア自体もかつてはファーナムの場所にあったという話しですわ」
「……?」
「オヴェス・ノアの住人は、住んでいた聖地から離れて……今の場所に移り住んだらしいの」
「――ロナウズが貴方をここに導いたのは、その話を聞かせるためじゃないかしら」
バーツの表情が引き締まった。
「失礼、あんたは族長の孫だ。俺に知らないことを知ってる……そういうことか」
「ノア族に伝わる伝承、たとえば――」
「『三賢龍』の話」
二人は、ほぼ同時に声に出した。
バーツが、改めてそれを繰り返して言う。
「三賢龍……初期のノア族が、三頭の龍と共に巣を離れ、三つの里を興した……それが今ある三つのノア族の村」
ラナドールは頷き、その内容を話す。
「えぇ。サドル・ノア村の近くには、イーステンの森と呼ばれるノア族の遺跡があるそうです。それと同じように――」
「今のファーナムの位置にもノア族の遺跡があったとか。けれど、先祖がオヴェス・ノアに移り住んだ時、身に付ける物以外に何も持ち出さなかった……とのことですわ」
「ファーナムにあるはずの遺跡は、かつてはファーナム聖殿の管理下にあったと聞いていますが……今、どうなっているのか私にはわかりません」
「……」
「あと一つ、ノルド・ノアにも遺跡があるはずです。すべて龍族――三賢龍に関わる遺跡だということですわ」
バーツはしばらく考えていたが、低い声で呟いた。
「ファーナムが……ノア族の遺跡を? ファーナムには、ジェム鉱山がある……ファーナム聖殿には独自の秘儀が多いと聞いたが……」
ラナドールが付け足して言う。
「ノアの遺跡の近くには、必ずジェムの鉱山があるのです。二つは、元々一つの働きをするものであったと、聞きました」
「……」
バーツの目元が鋭くなり、別人のような容貌に変わる。
ガーディアンの顔に。
バーツとラナドールが話していた頃。
庭に出ていたロナウズとイシュマイルも、雑談などしながら歩いていた。
あの後ドロワで何があったのか、とか、アリステラの街並みの感想はどうだ、とか。ほとんどロナウズが質問しイシュマイルが答えたが、内容的には他愛もない返答ばかりだ。
二人でこうして歩くのは、ドロワ以来だ。
孤児院跡地で景色を見ながら白い月を見上げたあの日が、随分と遠くに感じられる。
その翌日、あの月魔騒動が起こった。
イシュマイルの心に一瞬暗い記憶が蘇ったが、それを振り払って顔を上げた。
ロナウズは後ろ手を組んで、東屋へと続く石畳を歩いている。石畳は芝生の中を道になって東屋へ、そして道分かれて水場にも続いている。
風が東屋の列柱を通り抜ける。
普段ここは子供たちがひっきりなしに出入りして遊ぶ場所だが、今はとても静かだ。
広い庭は、外からは分厚い生垣に隠されていたが、東屋から見える庭は手入れが行き届いた緑が溢れる。傾いて朱に色付いた陽に映えて美しい。
ロナウズは東屋を通り過ぎ、さらに庭の奥まで歩いていく。
後ろを歩くイシュマイルがどこまで行くのだろうと思い始めた時、ロナウズは庭の一角を見つめるようにして、立ち止まった。
イシュマイルは追いついて横に並び、ロナウズと、ロナウズが見ている庭の一部を交互に見る。
「……何か、ありました?」
イシュマイルがそう尋ねるほど、ロナウズの視線は一点に張り付いている。
ロナウズは、まっすぐにある場所を指さした。
庭の片隅。
芝生が綺麗に手入れされた、特に何もない部分だ。
イシュマイルが、『あそこになにが?』と問うようにもう一度ロナウズを見上げる。
「……子供の頃の話だ」
ロナウズはぽつり、ぽつりと話し出す。
彼にしては珍しい口調だ。
「私はここでうずくまっていて……あの男が現れた」
「……あの男?」
「私をまっすぐに指差して、そして言った。『囚われの子』だと」
イシュマイルの脳裏に、借りてきたような光景が浮かんだ。
自分は今の場所に屈んでいて、それを見覚えのある男が見下ろしている。
目深に被った帽子に、古いマント。
異国の眼鏡、そして自分を指差している指先。
「レコーダー……」
イシュマイルの記憶がロナウズの記憶に重なる。
同じ人物が、違う場所で、時を経ても同じ姿で現れる、幻。