十五ノ八、逢魔ヶ辻
「ここまででいいぜ。あとはわかる」
バーツはその場から、突然そう言い放った。
サグレスはまた固まったように黙っていたが、すぐに気を取り直して敬礼した。
「バスク=カッド邸はまだこの先、三区画ほど行ったところです。大きなお屋敷なので目立つとは思いますが」
「バーツ、どうしたの?」
イシュマイルが追いついてきて、バーツに声を掛けた。
「んー……。いや、なんでもねぇ」
バーツの態度を見、長居しない方がいいと考えたサグレスは、取り合えずこの場を去ることにする。
「了解しました。ガーディアン・バーツ。お気をつけて――」
そしてイシュマイルに微笑むと、来た道を歩き出した。イシュマイルはそれをその場から見送る。
バーツは今度は十字路の西向き、ファーナムに繋がる道を見ている。
「ねぇ、バーツ」
何か言おうとするイシュマイルの声を、バーツが片手で制する。イシュマイルも、つられて遠くの山を見るが、特に何もない。
「ねぇ。バーツってば。女の人に今の態度は――」
背を向けているバーツに、文句の一つも言おうとした時、すぐ近くで気配がした。
「だよなぁ? いい年してみっともねぇったら」
レニの声だ。
イシュマイルがを振り返ると、いつの間に現れたのかレニがいた。バーツを見てにやにやと笑っている。
「レニ? いつからいたの?」
イシュマイルは驚きの表情で、レニを見る。
「いつからだって? 冷てぇな、ずっと並んで歩いてたろ」
イシュマイルには、まったくわからなかった。
バーツがレニに向き直って問う。
「さっき木の上にいたのはお前か? レニ」
「あぁ? だとしたら何だよ。こんなでかい木、昼寝にはちょうど良……」
皮肉を言いかけたレニが、突然黙り込んだ。ちょうど、辻に片足を踏み入れた途端に。
そして、やはり足元を見ている
「どうしたの? 二人とも。ここに何かあるの」
イシュマイルにはこれという感覚はない。
レニは辺りをキョロキョロと見回し、バーツと同じように街道や木の上などを確認するように見ている。
「なるほどな……ここは山からのエネルギーラインが、湖まで通ってるんだな」
レニが独り言のように言う。
イシュマイルにはさっぱり意味がわからない。
「それって、いいことなの? 良くないことなの?」
バーツが答える。
「良いときには良い、悪い時には……最悪。そんな地形だな」
「わかんない」
レニが横から答える。
「竜族にはいい波動だ。オレたち龍人族にも、多少ならな」
「ふぅん?」
イシュマイルは首を傾げるしかない。
「それで? ロナウズさんのところには行くの? 行かないの?」
イシュマイルも、ついつい皮肉を言う。
バーツは腕組みをしてレニを見ていたが、イシュマイルに向き直った。
「いや、ロナウズの所に行くのが先だ」
レニはというと、しばらく考えた後、
「先に行っててくれ」とだけ言った。
何か言おうとするイシュマイルに、レニは言う。
「このラインを使って渦にアクセスできないか、試してみる」
「……」
レニはレニなりに色々と工夫しているらしい、とイシュマイルは考え、それ以上言うのをやめた。
「じゃ、後で迎えに来るからね。ちゃんと隠れておいてよ」
結局、またバーツとイシュマイルだけで行くことになる。
レニは辻の真ん中でじっとしていたが、そのうちまた術を使って姿を隠した。
イシュマイルは一度レニを振り返り、それからバーツを見る。
バーツは相変わらず難しい顔をしている。不安になったイシュマイルは、そっと声を掛けた。
「ねぇ、バーツ。さっきの――」
「あぁ、止め止め。言うなっての」
バーツはいつもより頑なに話しを聞こうとしない。イシュマイルも食い下がった。
「でも、さっきの場所が危ないところなら、ロナウズさんの家だって」
「ああいう女に関わるとロクなことねぇんだよ。煙に巻くに限る」
「でも! レニを置いてきちゃったよ? 大丈夫なの?」
「まったくロナウズの奴も……あんなのが居るんなら居るって先に言っとけよ」
「え?」
「なに?」
二人は互いにまくし立てたが、ふと相手の言葉と食い違っていることに気付いて顔を見合わせる。
「さっきの、場所ってなんだ」
「バーツ、もしかして考え込んでたのって、さっきの女の人……」
「……」
バーツは無言で背を向け、イシュマイルはその場で笑いを抑えきれなかった。ひとしきり笑っている間に、バーツはどんどん先に行っている。
(ほんっと、素直じゃないなぁ)
イシュマイルは笑いを鎮めつつ、バーツの後追う。バーツは相変わらず無言で歩いている。
イシュマイルは歩みを速めて、ようやくバーツに追いついた。
バーツを見上げると、バーツは横目でちらりとイシュマイルを見る。決まり悪そうだ。
「なに? バーツ」
イシュマイルはなおも訊いたが、バーツは予想とは違う答えを返した。
「……見てみな、ノア族の子供がいるぜ」
イシュマイルの顔から、笑みが消える。