十五ノ七、サグレス
サグレスと名乗った女性は、姿勢を正したままイシュマイルにも会釈した。きりりとした仕草である。
バーツはサグレスに問う。
「シティガード? ロナウズじゃないのか?」
サグレスは、バーツをまっすぐに見据えて答える。
「はい。ロナウズ・バスク=カッドは、ただいま謹慎中でこちらには参りません」
「謹慎だと?」
「はい。それに、アリステラ市街地での一切は我々市警団の管轄となりますから」
きびきびとした女性の返答を前に、バーツは困ったように髪を搔いて視線をそらした。
「管轄、ね。で、ロナウズに何があった」
「それは……私の立場からはいえません。市警団と聖殿騎士団では所管が違います」
「いいから説明しろ。俺たちは個人的に奴に用があって来たんだ。噂話でもいい」
「――は。では」
イシュマイルは大人二人の応酬に、口を挟む隙を得られず黙って聞いている。
「実は聖殿騎士団では、先のドロワでの越権行為の責めを負い、バスク=カッド以下数名の士官が自主的に謹慎しているのです」
「越権行為?」
「はい、お恥ずかしながら」
イシュマイルは、そっとバーツの顔色を見る。
バーツはサグレスに向き直り、なおも問いを重ねる。
「それって、月魔を討伐したことか?」
サグレスは目元にわずかな逡巡を見せたが、言葉を続けた。
「それもありますが……現在アリステラ市は、聖殿騎士団がドロワ市に不当な扱いを受けたとして抗議を入れております」
「しかしバスク=カッドの言い分は、もとを正せばドヴァン砦での停戦交渉が原因……自分が関わった交渉の席が、結果的にドロワ市を窮地に追い込むことになりましたから……」
サグレスの言葉が途切れると、バーツが続きを促す。
「それはロナウズの責任になるのか?」
「詭弁といいますか……方便でしょう。どちらの顔も潰さず、バスク=カッドも聴聞会に引き出される前に引責したのでしょう」
そしてサグレスは、にこりと笑って言った。
「今頃は早めの余暇の最中といったところですね」
「……」
笑うと、それまでの堅さが嘘のように抜け、輝くような魅力を放つ。
バーツはつられて頬が緩む前に、また視線をそらした。
「ふぅん。しかし、色々と堅苦しい話しだな」
「アリステラは航路の拠点で商業都市……観光地ですから。印象には何かと気は使いますね」
サグレスは笑みを収めて、シティガードの顔に戻る。
(ロナウズみたいなのが騎士団長やってるのも道理か……)
バーツはふーっと息を吐く。
「じゃあ、ロナウズに会うのも一苦労ってか?」
「あ、いいえ。その点は……お申し付け頂きましたら、わたくしがご案内いたします」
イシュマイルはなおも黙って成り行きを見ている。
「……あんたが?」
「はい」
バーツは観念したように、また癖で髪を搔く。
「じゃあ、そういうことなら頼もうか。ただし、条件がある」
「はい」
「その、堅苦しい口調はやめろ。敬語も使わなくていい」
「……」
サグレスは、しばし考え、そして「はい?」と、もう一度問うた。
バーツはもう背を向けている。
「いつも通りに喋れって言ってんだ。こっちまでつられて舌噛みそうになる」
そういうと、バーツは広場を後に歩き出す。
「……」
サグレスは呆気に取られているのか、その様子を見ていただけだったが、傍らのイシュマイルに気がつくと、姿勢を正した。
イシュマイルは、サグレスにだけこっそりと言う。
「照れ隠しだと思うよ? それに、格式張ったことが何より苦手なんだ、ガーディアンの癖に」
そして子供の顔で笑った。
サグレスも仕事抜きで笑い、二人はバーツの後を追って歩き出す。
サグレスがバーツに声を掛ける。
「では、その青の標識通りに右に曲がってください」
バーツは答えず、片手を挙げるだけで返事に代える。
サグレスは、イシュマイルに問うた。
「私も君に訊きたいことがあるのだけど」
「なに?」
年上の女性には慣れているイシュマイルは、バーツよりも気楽に答えている。
「彼はいつもああなの?」
サグレスは、そっとバーツの背中を指差して言う。
イシュマイルはサグレスを見上げて言う。
「半分はそう、でも半分は違う」
「……どういう意味?」
「それは内緒」
三人は、青の標識に導かれるままに道を何度か曲がる。
その都度、様々な店が街角に現れ、見る者を楽しませる。殆どの家屋が二階建て以上で、一階が店舗になっているらしい。
花々で飾り付けられた壁も、モザイクのような石畳も色々な表情がある。
しばらく行くと道が広がり、植樹された緑が増えてきた。
「この先は、貴族の邸宅が多い区域になります」
サグレスが、案内人の顔で説明する。
「今歩いている道が大昔の交易街道――旧街道です。今はもう少し西に大きな道が出来て、そちらが新しい交易街道になっていますけれどね」
そしてもうしばらく歩いたところで、前方に見える四辻を指差して言う。
「あの辻が、西のファーナムに続く十字路です。……ここにだけは昔から家屋を建てない風習があるんですよ」
先を歩いていたバーツが、十字路に差し掛かるとぴたりと足を止めた。たしかにここだけ角に建物がなく、周りの景色が見通せる。