十五ノ四、千里眼
レニが床に座ったまま、主にバーツに言い放つ。
「オレが奴らの目を眩ませてなけりゃあ、目的地がアリステラだってのもとっくに筒抜けになってたところだぜ」
「奴ら?」
バーツとイシュマイルが同時に聞き返す。
「帝国のスパイに決まってんだろ」
レニは言う。
「ドロワの山道からこっち、索敵の術式がどれだけ張り巡らさせていたと思う?」
イシュマイルは、無言でバーツの顔を見た。
「ガーディアンクラスの人間が入りこまねぇよう、網の目みてぇに術が張られてやがったんだ」
「だいぶ前から、お前らの行動は帝国に筒抜けだったんだよ」
レニは大げさに啖呵を切って見せる。
「龍人族の千里眼を、舐めてもらっちゃ困るな」
バーツもこれには言い返せずにいた。こういうことには新米ガーディアンのバーツは相当鈍感だった。
「――龍人族は滅多に眠らない。じっとしてる時は、渦にリンクしてるか、気配を消してるか、辺りの様子を探ってるんだよ」
イシュマイルはレニの話しを聞きながら、ふと遠い記憶のレムを思い出す。
そういえばレムも、昼間にこうして目を瞑っていることが多かった。その代わり夜はいつ眠っているのかと思うほど寝姿を見たことがない。
(やっぱり、龍人族なんだ……)
イシュマイルは一人そんな感想を心中に抱く。おそらくレムは、村の小屋に居ながら森中の気配を把握していたのだろう。
一方バーツを言い負かしたレニは、フン、と鼻を鳴らしてなおもバーツに言う。
「それで? そういうアンタは何難しい顔してるんだよ?」
レニはかなり挑発気味に言ったが、イシュマイルは気付かないのかいつも通りの口調で間に入った。
「バーツ、何かまずいことでも?」
バーツもやれやれ、と息を吐く。
「まぁ、な」
地図をテーブルの上に置いてバーツは少し、考えている。
こういうことだ。
ガーディアンであるバーツは、国境はフリーパス。
レニはファーナム評議会の作成した合法的な――偽物の通行許可証がある。
しかし問題はイシュマイルなのである。
暫定的にドロワ市民のパスを受けたのに、そのドロワ市が聖レミオール市国領つまりノルド・ブロス帝国領になってしまった。
イシュマイルの取得できる通行許可証は、今のサドル・ムレス国内では無効だ。
「……またその話なの?」
イシュマイルもうんざりした様子だ。
レニはあまりピンと来ていない。
「ないと困るもんなのか?」
「無いと不法入国者として即刻捕まるの」
イシュマイルは憮然と答える。
「ふーん」
レニはあっさりと言う。
「じゃあお前がオレの許可証使って、オレは姿を消して歩くって手もあるぜ」
バーツがすかさず皮肉を言う。
「それじゃあ宿屋で二人分しか部屋がとれねぇな」
それに対し、イシュマイルがバーツに言う。
「今とあんまり状況変わらないじゃない」
その後も決定打のない案だけが出た。
たとえば、サドル・ノア族の名を出して儀式のためにオヴェス・ノア村に向かうという理屈はどうだ? とか。
ガーディアン随行のノア族として開き直るというのはどうだ?とか。
ノア族のしきたりを出すと大抵のタイレス族はそれ以上詮索しないはずだ、とバーツは言う。
「……なら、最初からそうすれば良かったね」
イシュマイルもさすがに声が小さくなる。
堂々巡りに陥り、二人は議論の落としどころを決めあぐねた。
「お前らって……バカ正直だな」
レニが呆れたように呟く。
結局アリステラ市にはレニの力を借りて、こっそり侵入するしかないのだろう。
「もう、あとのことはアリステラに着いてから考えようぜ」
バーツはついに匙を投げた。
「バーツが難しい顔するわけだね」
イシュマイルも諦めた。
「お前ら、オレがいなかったらどうするつもりだったんだ……」
レニは今更ながら、この二人と旅をすることに不安を覚えた。
「第一さ」
レニが話しを変える。
「オレらの目的って、ドヴァン砦じゃねぇの? なんでアリステラで船なんだよ」
これにはバーツが、イシュマイルに代わって答えてやる。
「それに関しては追々話してやるさ。まぁ、とにかくレアム・レアドのことを調べねぇとな」
「……」
レアム・レアドの名を聞いて、レニが言葉を切った。
レニは神妙な顔になり、隣のイシュマイルの顔色を伺った。
そして、ぽつりと問う。
「お前は――いいのかよ」
イシュマイルは、すぐには答えられない。
レニがもう一度訊いた。
「会わなくていいのかよ。それが目的なんだろう?」
「……あんなのは、レムじゃない気がする」
イシュマイルが、小声で答える。
バーツは無言でイシュマイルの顔を見た。
「あんなのって?」
レニは、バーツよりは無頓着だ。
イシュマイルはというと、レニ相手だと他より答えやすいらしい。
「上手く言えないんだけど……」
イシュマイルの中でたくさんの感情が錯綜するが、出てくる言葉はわずかだ。
「今、僕に見えてるレムは、僕の知らないレムだ」