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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十五ノ三、三人旅

 イシュマイルは、隣で歩きながら果物を齧っているレニを見る。

 改めて、どうしてこの男をレムと見間違えたのか不思議だと思った。


「こういうのはな、演技なんだよ」

 レアム・レアドと比べるとレニは自然体で表情豊かだが、レニはこれを作り物だという。

 そして、演じているうちにその役が身に付いてしまったのだ、とも嘯いた。

「……そういうものなのかな?」

 イシュマイルには、レニのいう演技と自然体の区別が付かない。


 ともあれ慣れない買い物の現場を見られたことは、拙いところを見咎められた子供の心境とあまり変わらない。

 実際、レニは見た目に反してかなり子供だった。

 これは龍人族の特性でもあり、レニだけのことではない。


「そういえば、妙なことに気づいたんだけど」

 イシュマイルが話題を変えた。

 レニに貰った果物を食べながら、レニに問う。

「ここまでの道中、何度か人に見られたけどすれ違った人たちはレニが龍人族だって気付いてなかった気がする」

「――はぁ?」

「だってレニ、目立つはずなのに」

 イシュマイルは時折このような幼稚な質問をする。


 レニの立派な体格と異国の装束、目立つ赤い髪などがどうして人目に付かないのかと、今気付いたらしい。


 レニはあからさまに呆れ顔になる。

 作った表情ではなく本音だろう。

「はぁ……お前、オレの竜化の術は見破ったくせに」


 レニはひとしきり呆れて脱力したあと、しぶしぶ説明してくれた。

 これもまた幻術なのだと。


 かつてシオンがドロワ拝殿で使った術と同じものである。

 フェンリルのように『誰か』になりすますのではなく『特に誰でもない人』になるのだ。シオンはこの術でただの街人になりすまして、堂々とドロワの街を歩いた。

 それと同じ理屈だ。


 レニの場合、連れの二人が目立つのでなおのこと効果的だ。

「だからドヴァン砦も通過できたのか」

 イシュマイルは、今更のような納得し、感心する。

「お前なぁ……」

 レニからすれば、山道でイシュマイルの術に絡め取られた時と、今のイシュマイルが同じ人物であるのが不思議ですらある。


 結局イシュマイルは村の散策をそのままに、レニと二人で宿に戻ってきた。

 宿ではバーツがまだ亭主と話している。

 宿の亭主は二人を見つけると、気さくに片手を上げた。

「やぁ、お二人さんも。こっちこっち」

 宿の一階は酒場兼食事処になっている。


 亭主は子供用にと蜜入りの飲み物を出してくれた。家畜の乳を搾ったものに植物の蜜を加えたものだ。それを木製の器に注いで二人の前に差し出した。

 亭主もまたレニの存在を認識してはいるが、龍人族だとは気付いていない。イシュマイルとレニは、カウンターの隣に立ちこれを受け取った。


「よう。今日はここで一泊だ。明日一気に進むから、ちゃんと休んでおけよ」

 バーツはカウンターのスツールに座って、薄い酒を飲んでいる。

「うん」

 イシュマイルは、甘い飲み物を飲みながら頷く。


「それで? 何か見つけたか?」

 バーツが並んで戻ってきた二人に問う。

「レニがね、さっき露店で――」

「だから! その話しはもういいだろっ」

 レニはバーツに残りの果物を全部、押し付けるように手渡した。


 宿の亭主が口を挟んだ。

「今夜の献立は魚料理ですよ。腹空かせといてくださいね」

「魚ってぇと、アール湖の主とかか?」

 バーツが笑ってからかうと、亭主は苦笑いしつつ答える。

「いやいや、今日はスドウのが届きましてね。煮付けてみました」

 ドロワでは生の魚は殆ど食卓に上らないが、さすがにこの辺りには魚料理が多いらしい。


「スドウの魚か」

 スドウと聞いてシオンの面影がよぎるが、今はそこまでだ。

「スドウといえば海の魚か汽水魚。どっちもいいですよ」


 海の物を食せるのは、海に面したスドウ近郊だけの特別メニューだろう。

 とはいえ生の魚介類をそのまま食材として扱えるのはスドウだけで、この村などには塩漬けか酢漬けの状態で売られてくる。

 他に、スドウの名産は乾した魚や海草、海の塩などである。


 ジェム・ギミックの技術がありながら、それを使って食物を保たせ輸送する、という商売は少なく、この村には一つもない。ジェムを使うと高価になるということもあるが、そもそもそういった発想自体が希薄らしい。

 旬の時期に、その地で採れる食材を食す。それだけだ。



 その夜。

 一階の食事処は、夜は村人が集まって賑やかしい酒場となる。

 三人は部屋に運んでもらって食事を済ませた。

 やたら酒を勧める亭主を追い払って、バーツは部屋に戻って地図を広げる。


 借りたランプは一つだ。

 バーツが地図と書類を並べて難しい顔をしている横に、イシュマイルがいる。

 その横に、さらにレニがいる。

 レニは床に座り込んで目をつぶっている。


 バーツが苛立った様子でぼそりと言う。

「……なんで一部屋に三人集まらなきゃいけねぇんだよ」

 イシュマイルが反論する。

「だって。ランプ一つだけだし」

 イシュマイルは慣れた手付きで、衣服のほつれを修繕している。


 バーツは今度はレニに言った。

「大体てめぇ、うたた寝してんなら向こうの部屋行けよ!」

 イシュマイルもこれには頷く。

「そうだよレニ。……なんだかさ、昨日もそうやって座って寝てる気がするよ?」


 レニは時折、こうして床や地面に座り込んで目を閉じていることがある。

レニが目を瞑ったまま言う。

「――ハッ。バカかてめぇら。目ぇつぶってじっとしてりゃあ寝てるとでも思ってんのか? てめぇらとは睡眠のサイクルが違うんだよ」

 声はくぐもっているが、口は悪い。


「そんなだから……オレがこうして見張ってるんじゃねぇか」

 なおも言うレニに、バーツは不機嫌そうに振り向く。

「なんだと?」

 レニもその気配を感じたか、目を開いてバーツを睨むように見上げた。

「大体てめぇらガーディアンクラスの人間が二人、揃いも揃って隙だらけじゃねぇか」


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