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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十五ノ二、林檎

『例の遺跡、私が動かそう。ただし条件はライオネル、お前も遺跡に来ることだ』


 ライオネルは予てから、サドル・ムレス領内にあるイーステンの森、サドル・ノア族の聖地に強い関心を抱いていた。

 ここには遺跡がある。

 サドル・ノア族が代々守ってきた聖地と、その森に抱かれて眠る遺跡。

「行くなと言われても行く気ではある……しかし」


――なぜレアム・レアドは、「お前も来い」と言ったのか。


 ライオネルは広げられた地図を見つめ、そして指先をイーステンの森、聖地の印へと置いた。

「聞こえるんだよ……声が、ね」

 帝国の皇子として以上に、ノルド・ノア族の血がライオネルを遺跡へと誘う。


 なんとかしてその遺跡を得ようと苦闘していたライオネルだが、それまで傍観を決め込んでいたレアム・レアドが突然協力を申し出たのだ。

 しかもその場に案内するだけではなく、目的のものをそっくり手渡さんばかりの好条件だった。

 ただ一点気掛かりなのは……。


(レアムがまた持ち前の気紛れを起こして協力を撤回する可能性がある。その前になんとしても片を付けなければ……)

 ライオネルは急いだ。

 だが、彼は多忙だ。


 特に本国からドロワ市に送られた、例の大量の竜馬の件には手間取った。これはハルピナたち祭祀官には助勢を頼んでも効果が望めない。

 同じ龍人族のレアムはこの件には協力的でいてくれたが、オルドラン・グース氏の扱いなども並行していて、とにかく慌しかった。


 ライオネルはこの時、アルヘイト家内部で起こりつつあった変化に気付くのが遅れてしまった。

 本国の帝国支持派が、タナトス派とカーマイン派に分かれる中、同じ皇位継承権を持つはずのライオネルは、その争いに参加仕損じたのだ。


 渦だとか情報戦だとかいう次元ではなく、存在感の問題かも知れない。

 ライオネルの後ろ盾であるノルド・ノア族自体、こういった権力闘争に関わらないのも原因である。


 ともあれ。

 タナトスがいる限り可能性は薄いと踏んでいたが、ここにきてカーマインの名が急浮上するとは……。カーマイン本人がタナトスに忠節を尽くす限り、ありえないと思い込んでいた。


 あとになり、ライオネルは自分が後継者争いから外れてしまったことに気付き、そして意外にも衝撃を受けている自分の野心に驚くのである。



 さて。

 やや時間を遡るが、イシュマイルたちに視点を戻す。

 イシュマイルとバーツ、そして人目から隠れて付いて来ているレニの三人である。ドロワ市から山道を下って『交易街道』に入り、アリステラ市を目指している。


 この付近は山がちなドロワ周辺と違い、なだらかに拓けた平野が広がる。

 辺りはスドウ領とアリステラ領が入り組んでおり、視界全体に人々の踏みしめた跡を感じる。一番近い聖殿はスドウ聖殿である。

 スドウからは別の『海砂の街道』が続いているが、後発のギムトロスはこちらを通ってファーナムに向かっている。


 イシュマイルたち三人はというと『交易街道』沿いにある静かな村で宿を取ることにした。およそ街道沿いには、一定距離ごとに町か宿泊施設があるものだ。

 遊撃隊から借り受けている竜馬は二頭いたが、荷物もそれなりに多く交代で竜馬の横について歩いたのでいつもより速度が落ちた。


 夕暮れを迎える前に村に入り、宿を探した。

 小さい村のことで通行証などの面倒な確認はされず、バーツはここでは三人分の宿を取った。その後は亭主を掴まえて、なにやら話しこんでいる。

 アリステラまでの道を確認し、明日は一気に行程を進めてしまうつもりでいる。


 イシュマイルは竜馬を預けて世話してやったり下ろした荷を片付けるなどしていたが、それも終わってしまうと食事までの間、村を散策することにした。


 細い道が、村の中を通っている。

 むしろ道沿いに家屋が転々と並んでいるような寒村である。宿屋があるのは、港町に行く商人がここを通るためだ。ドロワ市のような都会を見た後だが、こういう素朴な景色も悪くない。


 しかし道といっても一本道である。

 道沿いには殆ど村人の姿がなく、村外れまで行っても同じ道を戻って来るしかないので、イシュマイルも道を引き返そうと立ち止まった。


 ふと、前方に露店があることに気付いた。

――レニがいる。

 無人の露店があり、レニはそこにいた。

 野晒しの板の上に果物が並べてあるだけのもので、店なのかどうかも怪しい。


(レニ、何してるんだろう?)

 イシュマイルも何というわけでもなく、レニを見る。


 何しろレニは、露店の前でじっと固まって立っているのだ。

 しかもかなり考え込んでいる。ずいぶん長く考えていたらしいが、そのうち懐を探ると布袋を取り出した。


 レニは棚の上に代金を置くと、赤い果物を幾つか手に取った。林檎のような、手の平いっぱいの大きさの実だ。

 それを両手に持って露店から離れたところで、初めてイシュマイルの存在に気付いた。


 バツが悪そうに顔をしかめる。

「……何見てんだよ」

 ぼそりとそれだけ言った。


「ううん。なんとなく」

 イシュマイルも何も考えずに正直に答える。

 レニは照れ隠しなのか、荒っぽい口調で言う。

「別に盗もうとかしてたんじゃないからな!」


「……そんなこと疑ってないよ」

 そういう雰囲気でもなかったことはイシュマイルも認める。

「で、何してたの?」

 なかなかに意地の悪い質問であるが、やはりイシュマイルは何も考えていない。


 レニは果物を一つイシュマイルに手渡すと、自分の分を頬張る。

「……習うのと実践するのは違うって、本当だな」

「ありがと。 ――習うって?」

 受け取りながら、鸚鵡返しに問う。


「オレは、こっちに来る前にかなり訓練を受けたんだ」

 レニは自分のことを話し出した。


 生まれは龍人族であるが、タイレス族に馴染む為の訓練を受けてきたという。

 タイレス族らしく振舞うため、とも言おうか。こればかりは渦の知識とか情報とかではなく、肉体の経験である。


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