十四ノ十、ピオニーズ・ルネー
「ヘイスティング。お前はたしか、剣士ピオニーズ・ルネー殿に師事していたな」
「え? ……えぇ、はい」
ヘイスティングと連れ立って回廊を歩きながら、カミュは唐突に切り出した。
剣士ピオニーズは、ドロワ市出身の高名な剣士である。
ヘイスティングは幼少時、剣士ピオニーズに剣の家庭教師として指南を受けた経験がある。ヘイスティングの父・ガレアン卿が招き、以降その交流は続いている。
「たしか、黒騎士団のセルピコ団長の旧知だとか」
ピオニーズ・ルネーは元は黒騎士団所属の聖殿騎士であり、アストール・セルピコとは古い友人である。ドロワ市内外にも人脈があり、情勢にも敏感な人物だ。
「はい。まもなく師匠も、ドロワ市に戻られるとのこと」
そして、ヘイスティングはカミュに言った。
「……師匠の所に、ご厄介になるつもりです」
「……」
「実家からは勘当されましたから」
カミュは無言でヘイスティングの横顔を見た。
ヘイスティングは未だカミュの目を正面から見ようとはしない。
「お前とは、公式非公式共に何度かやりあったな」
カミュが不意に昔語りを始めた。
「何故お前が私に一度も勝てなかったか、わかるか?」
「……」
ヘイスティングは包帯越しの片目で意外そうにカミュを見た。
およそ普段のカミュらしくない言い回しであり、先ほどから話が脈略なく飛ぶのも不思議だった。
本音を言うならヘイスティングは、カミュの押しの弱い人良し顔が嫌いである。
貴族然とした容貌ながらカミュには貴族にありがちな高慢さがなく、むしろ腰が低く威風が感じられない。
その決断の遅さや、曖昧な命令などに何度ヘイスティングは苛立ったことか数知れない。口にはしないものの、いつかは取って代ってやるとすら思っていた。
しかしそのカミュをして、互いに剣を構えて対峙する時に感じる底知れなさはヘイスティングの理解の外であった。
剣術の腕で負けてるとは思えない。闘争心で負けているとも思えない。
試合の数や実戦の経験なら、自分の方が上のはずだ。
けれど、何度立ち会ってもカミュに勝つことは出来なかった。
今でもその理由がわからない。
「流派の相性だよ」
カミュは、ぽつりと答えを出した。
「私の流派は、引き分けることを目的としている。勝ちも負けもない、強いて言えば体力が続く限り立っていられる」
「……いま、なんと?」
ヘイスティングは、虚を突かれたように問い返すのみだ。
同じドロワ式の剣術でも、長い時間の中で目的によって幾つかの亜流に分かれていた。
ピオニーズ・ルネーは正統派を伝承する剣士であり、ヘイスティングもそれを愚直に引き継いでいる。
しかし貴族には貴族向きの優美な剣術が持てはやされ、ヘイスティングのような古風な太刀筋の者は少ないのである。
「相手の出方を見て受け流すが信条」
カミュが、自分の手の内をヘイスティングに明かした。
いかに優雅に構えるか、いかに膝を付くことなく立っていられるか。勝敗よりも、無様な負け方をしないこと、対峙した者がお互いに――。
そんな考えは、ルネー式の剣術にはない。
カミュは続けた。
「しかしお前は力任せに勝ちを奪おうとする。だから技を振るう前に体力が尽きてしまうのだ。気力もな」
「……」
「ルネー殿は……聖殿騎士としての役目よりも、剣術に心を奪われて騎士団を去った。私はそれについては批判はしない。しかしヘイスティング、お前はどうだ?」
ヘイスティングは、再びカミュを見上げる。
カミュは前を向いたまま話している。視線の先には、中庭を彩る花壇がある。
「お前には、何か目的はあるのか?」
「……団長」
ヘイスティングは、この一件には口が重かった。
無論。
はっきりとした目的はあり、感情の整理もついているつもりだった。けれど、実際にはまだその方法は動き出していないのも事実。
カミュは、ヘイスティングの答えを待たずに話し出した。ヘイスティングの性格も、考え方も、理解しているつもりだからだ。
「実はな。この数日、評議員そして城主殿との話し合いに呼び出されていたんだ」
「城主殿?」
「明日、ノルド・ブロス帝国より騎乗用竜馬が三百頭、ドロワ市に移送されてくる」
「え? 何ですって?」
急に話しの向きが変わった気がして、ヘイスティングは怪訝に問うた。
以前タナトスとカーマインが話していた、帝国からドロワへ竜馬が送るという話は、ここにきてようやくドロワ市へと伝わっていた。
カーマイン配下にあった戦闘用の竜馬三百頭は、今はオルドラン氏らと共にドロワ市に向かって出立を待っている。
「そこで聖殿騎士団は、その三百頭を編入して大掛かりな再編成を行うことになった」
ヘイスティングはまだカミュの言わんとしていることがわからない。
「はぁ。それは、いいことかも知れません」
カミュは事務的な声でいう。
「私は……いずれお前の頭が冷えたら、方法はともかく呼び戻すつもりだった。しかし、今この時期にお前が退団を決意したのは……エルシオンのお導きかも知れない」
カミュはいつになく語気を強めて言った。
「ヘイスティング。新設される竜騎兵団の団長をする気はないか?」
「――!」
ヘイスティングならずとも、驚きで言葉を失っただろう。