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アモルファス  作者: 霧音
第二部 諸国巡り
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十四ノ五、矍鑠(かくしゃく)

 ギムトロスは、聖殿を出て、フェンリルが待機している街道へと戻ってきた。

 しかし落ち合う予定だった水汲み場まで戻ってもフェンリルの姿はない。


 きょろきょろと周りを見回すギムトロスの背に、またしても背後から声が掛けられた。

「……ここだよ。すぐに見付けられなかったでしょう?」

 ギムトロスが振り向くと、フェンリルは最初に会った時の旅装束の姿になっている。


 よくよく見れば、たしかに少年の格好をした村娘であることがわかる。フェンリルは彼女の姿形をそっくり借りて真似ている。

 本物の村娘が今どこにいるのか、それはわからない。


「なんだ、年寄りをからかいやがって」

 ギムトロスは言いながら、懐から通行証を二枚、取り出してフェンリルに見せた。

「なに?」

「ファーナムに手紙を運んでくれと頼まれた。俺はファーナムに向かう。それからこっちは――」

 ギムトロスはもう一通の通行証をフェンリルの前でひらひらと振ってみせる。

「家出娘の話をしたら、出してくれたぜ。――おっと、こいつはその娘さんの分だ。ファーナムに行きついでに、道中で彼女を探し出して連れ帰ってくれだとさ」

 ギムトロスは若干の嘘を交えて説明する。


 通行証は、厚手の皮に刻印と金属の装飾の施されたものだ。

 ギムトロスの方が背が高いので、フェンリルの頭の上でそれは揺れている。フェンリルは、両手を伸ばしてそれをギムトロスの手からもぎ取った。

「じゃあ彼女が見付かるまでは、僕が使ってもいいわけだ」

 フェンリルは、企みを知ってか知らずか、あどけなく言う。


 その口調や表情は、どことなくイシュマイルにも似ている。

「……勝手にしな」

 ギムトロスは笑って踵を返すと、『海砂の街道』を先に進みだした。スドウでは宿はとれないから、別の村で探すためだ。

 フェンリルもその後に続く。


 歩きながら通行証を確かめてみれば、「交易街道、通行許可」と書かれている。 フェンリルはその文言を興味深そうに見ている。


 ここまで幻術を用いて行動してきたフェンリルにとって、許可証などは本来必要ない物だろう。かえって大きな行動を起こしにくくなるだけだ。

 しかし彼は敢えてこれを手にした。

 何かに利用しようと企んでいるのかも知れないし、単にタイレス族の一風変わったシステムを理解しようとしているだけかも知れない。



 一方、スドウ聖殿にいるシオンは、窓から外を見ている。

 ギムトロスと共にいるはずの『何者か』の気配を探ろうとしていたが、何度試しても強い魔力の波動や、怪しい気配が感じられない。


(そういえば、ドロワに居た時もそうだった……)

 タナトスと名乗る何者かがドロワ市に居たのはわかっているのだが、その気配をシオンは掴むことが出来なかった。


(私の知らない魔術か……あるいはまるで別物の何かなのか)

 シオンは、その冷淡な面差しの裏で不安を抱えている。

 ギムトロスに大事を任せたのは危険過ぎたのではないか? 他に打つ手を考えなければ、と思案している。

 しかし怪しい人物を野放しにして、行方を見失うのはもっと厄介だった。ともかくも今はギムトロスの存在を利用させて貰うしかない。

「私も、老いたものだ……」

 我知らず、呟いた。


 そんな様子のシオンを見て、塔の管理員を務める男が声を掛けてきた。

「これはお珍しいことで」

 年齢よりも若く見えるこの初老の男は、各部屋の雑務なども任されている。

「あのご老人、何か厄介ごとを持ち込んだのですか?」


 シオンがスドウ聖殿に赴任してまだ日は浅いが、常に張り詰めた雰囲気は変わっていない。けれど、今日のシオンには若干の疲れが見える。


「厄介ごと……いや、むしろ厄介を押し付けたのは私かもな」

 初老の男は部屋を片付けていた手を止め、壁際の椅子に腰を下ろしてしばしの休息を取る。

「ますますお珍しい。貴方が弱音など」

「弱音?」

「……そう聞こえましたが、違ったのなら失礼を」

 仕事の合間の雑談であるが、スドウの人々にはまだシオンというガーディアンが掴みきれていない。好奇心も手伝って、こういう会話の機会を望んでいる。


「弱音……か。そうだな」

 シオンは再び窓の外に視線を流す。

「長くドロワに篭り過ぎたのやもな」

 男は意外そうにシオンを見ている。そして癖で自分の顔の皺を撫でながら言う。

「その若々しいお顔で老いた老けたと仰られては、わしらは立つ瀬がありませんな」

 そしてからからと笑った。

 シオンもつられるように微笑する。


「やはりガーディアンも人の子、ときを感じることがおありなんですなぁ」

 シオンはふと、口にした。

「ソル・レアドがそうだった……」

「ソル?というと、ドロワ市の」

 さすがに聖殿勤めだけあって、男も歴代ガーディアンのことは知っている。

「わしは会うたことはありませんが、変わった方だったとか」


「えぇ。私も彼について覚えているのは、ごく普通の老人のような姿……」

 ソル・レアドは晩年エルシオンには戻らず、ゆっくりと老いを重ねていったというガーディアンだ。

「永い時間を生きて……最期は老衰。これも前代未聞だ」

 シオンは話しながら、先ほどのギムトロスの壮健な姿を思い出す。生前のソルとはどこか似ている。


 男は不思議そうに言う。

「確かに変わっておられる。長く生きるにしても、若い体のほうが良いでしょうに。わしら凡人からすれば考えられない選択ですな」


 シオンは、男に同意して頷きながら言う。

「私もかつて、その疑問を氏に問うたことがある」


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