十三ノ五、欲と力
ジグラッドが感心したように言う。
「まったく、不思議な力じゃのぅ」
アイスの能力とレニのいう渦のこと、両方だ。
カミュはいつもの気さくな口調でレニに問うた。
「渦というのは、龍人族の特殊能力というべきかな。どういう仕組みなんだ」
レニは首を横に振る。
「いや、元々は龍族固有のものだ。オレたちはそれを借りてるに過ぎねぇ」
「龍族……?」
「先に言っとくが、全ての龍人族が『渦』を使いこなせるとは思わないでくれ」
レニは用心深く前置した。
「渦には段階的に深さがあって、大抵の者は浅く繋がっているだけだ」
「念を押しておく。まずは龍族と竜族、二種類あるという基本を頭に入れて欲しい」
レニはタイレス族にはあまり認識されていないであろう部分を説明する。
「一つは、あんたらの使う竜馬などと同じ、六肢竜の類。コイツらはもとは別の大陸に住んでいた者たちで、人族との共生に適応した種だ」
「もう一つが石舟伝承なんかに出てくる龍族――古代龍を含む四肢龍のことだ。……四肢龍と六肢竜は近種ではあるが別者で、それぞれが独立した超個体だとされている」
超個体――。
「……それは、群れでありながら一つの生命体のように活動するという?」
「話が早くて助かるぜ」
レニは二本立てていた指のうち、片方を折り曲げる。
「このうち、渦に関わるのは四肢の龍のほうだ」
「ほう、古代龍の方か」
「あぁ。四肢の龍族は、古い種族でかつ希少種だ。あんたたちタイレス族が眼にすることはまず、無い。だから直接関わることもないはずだ」
「関わることがないといいながら、我々の情報が筒抜けなのは?」
レニは大袈裟に首を横に振る。
「筒抜けというほど万能じゃない。オレのような龍人族の間諜ありき、だ」
「詳しく話すと百年分の歴史の話になるから省くが『基本的には』、渦を管理しているのは『八柱』と呼ばれる四肢龍族で、彼らと繋がってる『八門』と呼ばれる龍人族の血族が、渦に繋がる全ての龍人族を管理している」
つまり龍人族には選ばれた八つの家門がある。
「……血統か」
セルピコは呆れたように呟き、カミュは細部は気にせず問いを重ねる。
「では、アルヘイト家もその八門というわけか」
「まぁ、な」
「古代龍は四の数字を神聖視する。四方位に四属性……炎羅宮、翠嵐宮、水鏡宮、雷光宮の四つがあり、それぞれの正と異で計八つの景となり、八柱となる」
レニは指で四を示して、古代龍を語る。
「今は炎羅宮のみが存在しているが、八柱と八門の呼称は残っているわけだ」
レニは渦に話を戻す。
「渦に繋がるには龍族に認められて、龍相という真の名を授かることが条件だ。そして龍相は八門の者たちが厳しく評価し保守する。そもそも八門の存在意義は三種族の共栄共存だ」
「……なるほど」
「現状、サドル・ムレスと敵対関係のあるのはアルヘイト家のみ――」
「ふむ」
「それ以外で間諜として潜入してくる『帝国人』に関しては、渦とは関係ない。あんたらの領分だ」
「……」
「ひとまずは、その説明で納得しようか」
誰も言葉を発しないのを見て、セルピコが一区り置く。
「しかし、その八門にアルヘイト家があるというのが一番の問題ではないか」
カミュがこの場にいる皆の心中を声にしたが、レニはそれを両手で遮る。
「八門の序列には優劣がある。ましてや八柱の龍族同士にも相性があり、渦への干渉も然りだ」
「というと?」
「アルヘイト家はもとは八門ではないが、アウローラの功績によりその資格を得た。つまりは新参、八門の中では最下の位だ」
「……こちらの方が有利、と? それにしては」
「うむ。ライオネルの手際、最下位の情報量でもあれほどか。厄介よの」
なおもライオネルを危険視するセルピコに、アイスがぽつりと言う。
「それに関しては……ライオネル自身の力なのかも、ね」
ドヴァン砦では、その能力をもってしても思うように動けなかったアイスである。
「だがライオネルは本来、武官ではなく言語の研究者だ。四肢龍族はもちろん、六肢の竜族とも言葉を交わすとか」
「……嫌な話だな」
バーツはあからさまに嫌悪を表情に表した。
「それって竜騎士の竜馬をも操られかねないってことか」
カミュが話を戻す。
「その、六肢の竜族とやらにも『渦』はあるのか?」
「それは……無いとは聞いている。奴らにあるのは感覚共有だ」
「感覚共有……とは?」
「超個体ならではの超感覚――群れに危険が及ぶと瞬時に全体に伝播したりする、あれだよ」
「その感覚の共有とやらで、情報が漏れる可能性は?」
「……聞いたことは、ねぇなぁ」
レニは自信のない口調で言い、バーツはもう一つの可能性を口にする。
「もしも、だ。感覚共有程度で何もかもが筒抜けになるってんなら、六肢の竜族こそが人族共通の敵になるんじゃねぇの?」
「……なんじゃ? バーツ」
ジグラッドは含みのあるバーツの様子に問うが、バーツは首を振るだけだ。
「不確定なのはドヴァン砦の内部もそうさ」
レニは六肢竜の問題はさて置き、別の気がかりを口にする。
「オレはドヴァン砦を通ってこっち側に来たが、砦の中をまるで探索できなかった。砦内にはエルシオンの術が施されていたが、オレはエルシオンの術には精通してねぇ。砦内の調査はまだこれからだな」
「――エルシオンの術じゃと?」
「たぶん、ジェム・ギミックのことね」
アイスが代わって答える。
「あの砦には魔法的な仕掛けがあるのよ。私の能力でも見通せない結界が張られていて、まずこちらの術の類は掻き消されると考えていいわ」
バーツが横からアイスに訊ねる。
「術が消されるって……じゃああの雷光槍は? レアムの奴は連発してたぜ」
「それも多分、術で増強されたものよ。防壁の魔方陣といい、あの砦には対ガーディアン戦を睨み、そしてレアムに有利なように改造されていたんだわ」
「……やっぱりか」
「まぁ、それもこれも貴方が大負けしてくれたから、わかったことなんだけどね」
「魔術的な仕掛け、か……」
セルピコが痛恨の声音で呟く。
それまで黙っていたアーカンスが、おもむろに片手を挙げる。
「さきほどの、八門の資格についての話ですが――」
「あぁ」
「『基本的には』と言ったのはどういう意味?」
「……」
言いにくいことなのか、レニは少し考えてから説明する。
「資格を与えるのはあくまで龍族だからだ。彼らに認められればそれこそ、タイレス族やノア族からでも……な」
タナトスの母ニキアなどがその例である。
「それに、どんな掟にも絶対はない……八柱から外れた龍族、または八門の監視外からでも契約者は出る。特に欲に弱い者同士は容易く繋がる」
「欲、とは」
「知への欲求さ。人族は龍族の英知を、龍族は人族の生態に興味を持つ」
「……知識欲、か」
呟いたのはバーツである。
およそあらゆる欲望の中でもっとも強いのが知識欲だろう。
「じゃあ、過去にも例がある?」
「……あぁ」
「もしも、仮定としてだけど」
言い淀むレニの様子に、アーカンスも前置して言う。
「ライオネルやレアムが、ありえない契約を交わした……という可能性は?」
「……」
レニは何か考えるように黙り、ジグラッドが横から言う。
「ライオネルはすでに八門の者なんじゃろ? この上に何が気になるというのだ、アーカンス」
「あ、いえ……」
もっともな指摘にアーカンスは言葉を切り、レニもきっぱりと答えた。
「無いな」
「龍族の社会では、掟破りには厳罰しかない。全ての龍族の攻撃対象となり、過去には八柱龍族の手で誅殺されたとある。ただ――」
「ただ?」
「そんなことになったら、地上に住む他の竜族や人族も……無事じゃないさ」
それはつまり、かつてそのような大災があったということだ。